1970年から雑誌「幻影城」に連載された論文に、書下ろしを加えて1975年に出版。その年の「日本推理作家協会賞」の評論部門を受賞。講談社文庫にはいったのは1977年。
取り上げられた作家は以下の通り。
小酒井不木、江戸川乱歩、甲賀三郎、大下宇陀児、横溝正史、水谷準、葛山二郎、橘外男、山本禾太郎、夢野久作、海野十三、浜尾四郎、渡辺啓助、小栗虫太郎、木々高太郎、大阪圭吉、蒼井雄、蘭郁二郎
自分はたまたま九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)をもっていたので、文庫初版出版と同時に読んだときには、ほぼ作家の名前は知っていた。でも取り上げられる実際の作品はまず読めなかった。乱歩と横溝はよいとして、文庫にあるのは夢野、小栗、橘くらい。角川に「新青年」「宝石」傑作選、雑誌幻影城の復刻があったくらい。でもこれらで取り上げられた作家を網羅することはできず、田舎の生徒にはもどかしかった。
一方、推理小説は社会派、自然主義ミステリーが主役。松本清張、水上勉、佐賀潜、笹沢佐保、黒岩重吾あたりで、ベストセラーが西村京太郎に森村誠一で(この方面はほとんど知らないので、いい加減なリストアップ)。そこにおいてこの評論の主張は、探偵小説のロマン派よ蘇れ、幻想と非合理の夢よもう一度、社会悪より人間心理の暗黒へ、という具合。なるほど経済成長と保守政治があって、その反動として科学批判があり、ロマン主義や感性への復帰が要求されたのであった。この評論の前に、当時無視されていた中井英夫「虚無への供物」、沼正三「家畜人ヤプー」が「黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」などが再評価されたのだった。あと少しで横溝正史のブームが始まるという時代。そのあたりの時代を把握しておかないと、この評論の意義が見えてこない。
そういう具合に、ほぼ入手難の作品と作家を取り上げたのであるから、おのずと作家評伝、作品紹介も兼ねなくてはならない。一方原稿用紙の枚数は限られている。踏み込みが浅いのはしかたない。
その他の問題は
1.作家に二つ名をつけて、それは彼らの特徴をよくとらえているけど、それでおしまい? たとえば「小酒井不木=解剖台上のロマチシズム」「江戸川乱歩=閉じ込められた夢」「大阪圭吉=蒼き死の微笑」みたいな。TV番組「劇的ビフォーアフター」で「リフォームの匠」に付ける二つ名みたい。で、それで?
2.戦前の探偵小説に幻想的、猟奇的な物が多くて、「本格探偵小説」はすくないと問題提起し、その答えに1)この国の非論理的な性格、2)絶対主義天皇制という非民主的な国家構造(探偵小説が翻訳、創作ともに制限がかかったことを指す)、3)芸術至上主義的な傾向の文壇作家(谷崎潤一郎、佐藤春夫、芥川龍之介など)の強い影響。4)短編中心に作品がつくられたこと、をあげている。それが作家論と結びつかない。というか作家論ではこの問題は取り上げられない。人によって3をあげるくらい。この問題提起はどこに行ったの?
3.作家や作品評価、さらには探偵小説の定義などでほぼ江戸川乱歩の議論を踏襲。評者の独自性が見つからない。
まあ、今日の目から見ると、欠点がいろいろ。ここをベースに次の議論になればいいね。あとは戦後探偵小説史も構想してほしい。
取り上げられた作家と作品のたいていは、日本探偵小説全集(創元推理文庫)全12巻にあるので、一緒にもっていることが必須。収録作の少ない作家のものは、国書刊行会、論創ミステリ叢書で補完すればよい。青空文庫にもある。ありがたい時代。
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