odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

小栗虫太郎「青い鷺」(二十世紀鉄仮面)(現代教養文庫)

 作家が「新伝奇小説」と銘打った作品。「黒死館」やその他の「本格」探偵小説が、暗く、閉鎖的で、書物の引用にまみれていたのが、東南アジアから五島列島に架空都市までの広がりとアクションをもち、ユーモアと恋愛がある。

二十世紀鉄仮面 1936.05-08 ・・・ ちゃんと書けば1000枚くらいの長編になる素材を惜しげなく圧縮して400枚にした。おかげで法水が誰かを訪れるという行動の理由とその描写が消えてしまい、誰かのことを考えた2行後にはもう訪れている(しかも相当の距離がある)という次第。もったいない。
 大状況は、茂木根という西洋ルネサンスの時期に根を下ろした地方の一族がこの国の経済・政治を牛耳ろうという陰謀。ただ、茂木根の一族は滅亡寸前で、4人委員会で合議制を取っているのだが、精力的な瀬高十八郎が他を押しのけようとする。そのために、茂木根弾劾の法案阻止のためにペストを流行らせるわ、4人委員会のメンバーの乗ったドイツ客船をチェスタトン「ペンドラゴン一族の滅亡」と同じ奸計で座礁させるわ、自前の秘密組織に暗殺・誘拐その他の犯罪をさせるわ、茂木根の出生の秘密をつづった文書を探ろうとするわ、その一方で巨大なオペラハウスを寄輪(よりわ)の街に作るわ、快速船を建造して一家で東アジアから東南アジアを外遊するわ、とやりたい放題。この巨大な計画を推進し、経営者として辣腕を発揮し、ロビイストとして政治家を脅しすかせるなど、瀬高の悪の魅力はなかなかによい。スケールは乱歩の悪人よりも大きいぞ。
 この陰謀に対峙するのはご存じ法水麟太郎。盟友の熊城、支倉は栄達という左遷で法水から離れ、ひとりぼっちで立たねばならない。胸を病んだ妻とは数年来の別居で、身の回りの不便と寂しさを感じている。彼が楽堂で連動種子とであい、その夫が瀬高の手で18年も幽閉(しかも鉄仮面をはめられたまま)されているのを知ったことから瀬高との対決に乗り出す。秘密文書のありかを快速船にみつけたところ、心無くも軟禁の身となりマラッカ海峡までの無聊をすごす。その間、密室の船室で瀬高の妻が殺されれていて、その娘・登江13歳に告発される。瀬高には先妻の子供・道助18歳と登江がいて、後妻の連子・波江15歳がいる。道助と波江の結婚をもくろんでいるが、波江は拒否したい。そのけなげな姿に法水は恋を感じる(オイオイ!)。さて、この後は秘密文書の発見、盗難、奪取が繰り返され、種子の冒険があり、ヴェルディオテロ」上演中オテロにふんした道助が衆人環視で焼死する事件が起こり、さまざまな暗号が法水の行く手にあり、幽閉の鉄仮面を奪還し、その際法水は流砂にのみ込まれてしまう。
 法水は、種子、マチルダ、登江、波江などから求愛され、誘惑され、心憎く思わず、幽閉中は彼女らに会えないことに煩悶し、何人かの死を見守って涙するのである。いったい法水も小栗も女性には冷淡なようで、自分の愛するもの以外には目をくれない、窮境に陥ってもなかなか手を差し伸べない。かわいそうなのは種子で、傷心の法水はすがろうとする種子が連れ戻されるのを見守るのみ。15歳と12歳の少女の拙い愛を思い返すほうが優先されているから。
 以上のような陰謀、アクション、ロマンス、不可能犯罪を400枚に圧縮したから、読者はたまらない。いったい何が事件なのか、法水の目的はなんなのか、瀬高の司法取引はありうべきなのか、などなど、混乱と目まいがする。でも、ページを繰る手は止まらないので、面白かったのだろうなあ。失敗作であることを除くと傑作(?)だ。


青い鷺 1936.11-1937.04 ・・・ 金持ち画家・九十九弁助とモデル・根々、その父で幇間の朝雨が主人公。ウィンボーンという来日以来60年もホテルにこもっていた老人の遺品が競売に付された。のぞきにいくと卓鈴が異様な高値を付ける。面白がって落札したら鈴から何かの紙切れが。一方、最近発見された死蝋からも書付が見つかり、その共通点は「青い鷺ブルー・ヘロン」という言葉。鈴を手に入れてからは、月岡匠子という謎の美女が現れ、十骨という博学者の長広舌によると、どうやらウィンバーンが隠した情報が鈴の書付から見つかり、しかも霊語録(サイキアナ)なるカルト宗教団体と民政結社(コンモンウェルス)なる秘密結社とが長年追いかけているものらしい。そうこうすると弁助のアトリエは盗賊が入り、十骨は悪漢に襲われて重傷を負う。のんきな弁助も立ち上がらざるをえず、ここに「青い鷺」の謎を3人で解くことになるのである。
 というようなサマリーがうつろに思えるほどの、脱線に次ぐ脱線、秘密結社とカルト宗教団体の追跡はどこかに四散し、物語は弁助・根々・匠子の三角関係のニヤニヤにしゅるしゅるとしぼんでいく。高等遊民の弁助も資産を失うが、そこはそれ、がっかりはしないのだ。
 まあ、この冒険において、弁助・根々・匠子のいずれも変化することはなく、スパイの暗躍に気をつけろという当時の政策に乗るような物語で、たどたどしいアクションを見守ればよい。誰かに預けられた品物が秘密を持っていて、奪還しようとする組織の追跡をかわし、謎解きとロマンスを手にするというのは、冒険小説の常道。戦後の作にこの種のユニーク作は多いといえ(都筑道夫センセーの近藤&土方シリーズだな)、発表年には珍しいのではないかな。失敗作であることを除くと傑作(?)だ。


 新しい小説に向かわなければならない。その意気やよし。とはいえ、伝奇・本格ミステリ・ロマンスをひとつに取り込もうとするのは無謀であったのか。志のたかさとうらはらに、圧縮せざるを得ない文体に、平凡なことを嫌って筋を曲げる癖のおかげで、どうにも読みにくいものになってしまった。あと、大状況のことがお留守になりがちで、といって主人公たちの冒険が魅力的であるわけでもなく、ロマンスに肩入れして逢瀬の描写が綿密であるとなると、どうにも齟齬がでてしまう。こういう試みは、ずっと後の冒険小説家たちがクリアできたのかな。自分の知っているのは上記の都筑センセーの何冊かくらいだから。
 いや、でも、自分はこの小説を失敗作であるから好みますよ。もう一回読むかといわれると躊躇するけど。