odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ギルバート・チェスタトン「ブラウン神父の知恵」(創元推理文庫)

 ブラウン神父ものの第2短編集。1914年刊行。

グラス氏の失踪 ・・・ 子供好きな青年はときに部屋にこもりきりになる。そして誰も見たことの無いグラス氏と口論もしている。そしてこの青年が縛られ、部屋がめちゃくちゃになっている状態で発見された。犯罪学者はグラス氏の失踪事件を解説してみせる。そのあとに神父が別の解釈を。これもやはり、証拠や観察結果から複数の解釈をみいだせるという実験。チェスタトンの場合、もっともユーモラスな解釈がたいてい真実に近い。

泥棒天国 ・・・ 北イタリアからフランスに抜ける山道をいくイギリスの銀行家家族。妙にはしゃいで、ここには山賊が出るのではないかとうわさしている。馬車で山道をいくと、予想とおりに山賊が現れ、銀行家に金を要求した。そして誘拐と身代金をメディアに伝えるという準備を進める。馬車に乗りあわせた神父はこの状況を解釈する。まあ、20世紀冒頭の近代化された社会に、19世紀前半の「カルメン」「モンテ・クリスト伯」に出てくるような山賊が登場することが笑いのツボ。100年も前になくなった山賊が「現代」に現れるという不自然さが主題。でも初出から100年たった「現代」のわれわれはこの差異に気づかない。

ヒルシュ博士の決闘 ・・・ 1914年というとフランスとドイツが険悪な関係になっているとき。ヒルシュ博士は無煙火薬を発明するほどの科学者であるがどうもドイツに通じているのではないかといううわさがあった(戦争放棄論をフランスで提唱しているので)。彼を告発するのは愛国者であるデュポスク大佐。彼らは互いに攻撃しあっていたが、とうとう決闘することになった。その当日、決闘の直前にヒルシュ博士が謝罪を申し込む。ついにふたりが合間見えることはなかった。もっとも似ているものはまるで正反対であるというパラドックス

通路の人影 ・・・ 老人の愛人になっている女優がホテルの一室で刺殺された。そのとき女優に恋慕する男優と軍人が互いに相手を告発する。奇妙なのは、二人とたまたまその場にいた神父が通路の置くの暗い影に何者かの姿を認めていたということ。同じく男優に軍人も何者かを目撃。しかし、3人が供述する曲者の姿はまったく別物であった。なるほど、これは「モルグ街の殺人」のヴァリアント(ポーのは声だが)。あるいはチェスタトンの挑戦。誰にも似ていない人物は、ある誰かに瓜二つ。だれだったか忘れたけど、チェスタトンの最高傑作にあげていたな。登場人物に王室顧問弁護士「パトリック・バトラー」が登場。彼の活躍はディクスン・カーが長編で紹介している

機械のあやまち ・・・ブラウン神父がシカゴにいた20年も前のこと。刑務所から囚人が例の縞の囚人服(アボットコステロがよく着ていたな)で脱走。さてこの目立つ服でどうやって逃げおおせたのでしょう。こう書くと身もふたもないが、そこに底抜けのお人よしの貴族を登場させると、事態は混迷きわまる。例によって、外見の異常な人でもある状況では違和感のないところもあるのだよ、そこには思い込みとかドクサがあるのだよ。「見えない人」の別バージョン。乱歩のエッセイに登場する名品。 

シーザーの頭 ・・・ 有名な古銭収集家が恐喝にあって、家族は金を出さざるを得なかった。それを憂いた妹は恐喝者と話し合いを持つようにしたが、それはうまくいかず、かえって許婚がぶち壊しにしてしまった。憂愁に陥る兄の古銭収集家。ブラウン神父は妹の話を聞いて奇妙な恐喝の仕組みを解決する。見かけと真実の奇妙な関係。なにか近親相姦を思わせる隠微な含み。「詩人と狂人たち」所収の「紫の宝石」がこのヴァリエーションになっている。

紫の鬘 ・・・ 莫大な資産をもつ公爵。この一家には長年の宿阿と好ましからざるうわさが同居しているのである。さて、この公爵は奇妙なことに、誰が見てもすぐにわかる鬘をかぶっていた。なにしろ紫色はめだつ。なぜ彼はこんな奇妙な鬘を決して取らないのか。まあ、「折れた剣」や「盗まれた手紙」のヴァリエーション。

ペンドラゴン一族の滅亡 ・・・ コーンウォールの河口にあるペンドラゴン一族の古い塔。それはかつて2度の大火にあっていて、しかも一族の長が亡くなるという事故が起きていた。というのも、エリザベス時代に遡る古い因縁があるからで、当時スペイン戦争をしていたときの捕虜を一族の長が殺し、そのときから復讐の呪いがかけられているという。さて、現在の当主は甥が帰ってくるのを待っている。そのためにかサーベルを持ち出して塀をぶち壊していた。その夜、監視していた神父の目前で塔にぼやが起こる。古い言い伝えと現在の事件が交錯するさまはみごとなストーリーテリング。これに触発されてカーの諸作が生まれた、といっていいのかな。あと、犯人の事件の構想の大きさにも感嘆。

銅鑼の神 ・・・ ボクシングの大試合が用意されている町。訪れたフランボウと神父はホテルで休憩を取ろうとするが、主人は黒人のコックにおびえている。あとは試合会場付近にあった見物台で神父が腐った板を踏み抜いていた。これらを組み合わせて、恐るべき事件を事前に予告する。まあ、一人きりでいるとことろを襲うより、誰もがなにかに注視している状況のほうが暗躍できるというパラドックス。なんというかクイーン「アメリカ銃の秘密」だね。ヴードゥーが否定的に扱われていて、作者の差別観がみえるので、後味が良くない。アイリッシュ「パパ・ベンジャミン」とおなじ背景

クレイ大佐のサラダ ・・・ インド勤務の長かった大佐が神経質になっている。インドの邪神にのろわれて、すでに三度も危ない目にあっていた。今日も、館に不審者を見つけ、銃をぶっぱしてしまう。話を聞いた神父は大佐のためにサラダの薀蓄を述べ、からし入りのドレッシングを飲ませたのだった。ここでは、のろいといえども合理的な説明が可能であるし、神父の奇妙な振る舞いにも実に立派な理由があると指摘される。古い昔話と現在の犯罪の二つを同時の解くストーリーテリングが見事。

ジョン・ブルノワの珍犯罪 ・・・ チャンピオン卿が公園の潅木の中で剣にさされた。おりしも「ロミオとジュリエット」の主役を張る日であったのに。彼は友人のブルノワ氏の妻に横恋慕していて、無理やり彼女をジュリエットに迎えたのだった。とうのブルノワ氏は芝居に出かけていてだれも姿をみていない。神父は剣の半ばほどにある指紋に注目。これは犯人あてよりも、動機の奇妙さでもって感心するものだ。なにしろコンプレックスを持つべき人がもたず、そうでない人が卑屈の塊であるという珍妙な事態だったから。なので、これはむしろ「詩人と狂人たち」の事件にふさわしい。

ブラウン神父のお伽噺 ・・・ ドイツ国境にある架空の国の独裁者。彼は厳重な監視体制をしき、町中に歩哨を立て、国民を見張っていた。ある夜、盛大な晩餐会を行うとき、独裁者は城を抜け出し、森の中で射殺されているのを発見された。奇妙なのはスカーフと死体の両方に銃弾の痕があるのに、銃弾はひとつしかないということだ。この消えた銃弾の謎、そして独裁者が一人で外出した理由。この二つの謎を明確に説明する神父のお話。


 この第2作になるとさらに小説の書き方がこなれてきて、どの一編も優れたできに仕上がっている。ここでは、神父の見聞する表層の現在と、人物の過去やなにものかの陰謀というか犯罪意思などの隠された層がしっくりとかみあい、一読ではなかなか読者がこなしきれないような複雑な様相を呈している。それをこの短い文章(創元推理文庫版では一編30ページくらい)に収めていることに成功。自分の手法を発見し、とてもうまい書き手になったことを実感。この40代の仕事が彼の本領になるのだろうな。「知恵」で自分のスタイルを確立。最高傑作は「不信」(乱歩や開高健は「童心」がよくて、あとになるほど落ちると書いている。うーん、自分の眼はまだ低そうだなあ。)
 どの作か忘れたけど、「もっとも複雑なのは中心の無い迷路」のような神父の発言があって、これが彼の世界認識のスタートなのだろう。上記の作品でも、探偵が混沌とした世界に新たな解釈を導入することによって、なるほど世界の出来事は合理的な配置についてとりあえずの謎は消える。とはいうものの、なにものかの意思とか情念とか凶器とかは世界に漂っていて、新たな謎が生まれるのではないかという予感がする。牽強付会をいえば、謎が解けた世界もまだなにかの次の謎に覆われているのではないか。いつまでたっても、この霧(イギリス作家なのでか霧がよくでてくる)が晴れることはないのでは。そういうループというか、向かい合わせた鏡の奥に移る無限の自己言及があるのではないかなあ、と。この発言が気になったのは、ボルヘスが「バベルの図書館」というアンソロジーをつくったときに、他のなみいる探偵小説書きをさしおいて、チェスタトンに一書を割いているから。ボルヘスチェスタトンと結ぶキーワードが「迷宮」。そんな妄想をもった。