odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

カーター・ディクスン「五つの箱の死」(ハヤカワポケットミステリ)なぜ毒を飲ませたうえで刺殺したのでしょう。

 医学者のジョン・サンダースが深夜に帰宅しようとすると、若い美女に声をかけられる。父親の有名外科医がビルの一室にいるのだが、不安でならない。出かける前に遺書をしたためていったという。一人で行けないので、付き添ってほしいと。御年28歳で独身の博士はもちろんエスコートするのだが、その部屋には4人の男女がいる。みなテーブルに突っ伏していて、医学者サンダース博士はすぐにアトロピン中毒であることがわかった。奇妙なのは、そのうちのひとりフェリック・ヘイだけが仕込ナイフで背後から刺されて死亡していたこと。迅速な手配で他の3人は一命を取り留める。

 ビルの階下には貿易会社のオフィスがあり、そこにはファーガスンという事務員が残っていて、うえの騒ぎは知らないとうそぶく。警察がきて捜査している間に、このファーガスンは警察が監視しているオフィスから姿をけし(警官が出入り口を監視してたのに)、ビルの管理人はファーガスンなる男は勤めていないと証言する。
 一命を取り留めた貿易会社社長や美術鑑定家、外科医らは服におかしなものを入れられている。複数の時計であったり、消石灰とリンであったり。しかも彼らはそこに集まった理由も、おかしなもの画幅に入っている理由もちゃんと証言しない。ただ、彼らが中毒したアトロピンはカクテルやバーボンなどに混入していたのだが、それらを調合するさい、皆で監視し合っていて、誰かに見られないで毒を混ぜることはできなかった。再現実験でもそれは証明される。さて、この不可解な犯罪の方法と、毒殺と刺殺の二つで念入りに殺した理由が問題になる。
 さて、その後の調査でわかったのは、殺されたヘイは弁護士に五つの箱を預けていた。それは、この4名の名前が書かれたもの。弁護士に事情を聴きに行くと、事件のあとほどなくして、弁護士事務所に賊が入り、この五つの箱だけをねらって盗んでいった。マスターズ警部の捜査によると、集まった4人はなんらかの犯罪に関係していて、それが社会に明るみに出るとまずいという後ろめたさをもっている。その事件の証拠が五つの箱の中に入っていたらしい。
 とまあ、事件の骨格だけをまとめるとこんな感じ。サンダース博士、マスターズ警部、ポラード巡査部長の視点で物語が語られる。それは、この物語を散漫にしたみたい。冒頭の謎が地味であるうえに、途中のサスペンスやドタバタ騒ぎもないし(H・Mは登場するなり、野菜を満載した手押し車をひっくり返して、市場を混乱させるというファースを演じるがそれくらい、この作ではとてもおとなしい)。それもあってか、ときにあくびをかみ殺すこともあったと告白しておこう。
 さて、事件にはある家電製品がかかわる。いまとなってはありふれたもので、そのトリックは科学捜査ですぐさま発覚するよと嘲笑されそうな具合であるが、1939年発表となるといささかことなる。この家電製品は20世紀初頭に家庭向けが製造販売されたとはいえ、高価で低性能。ようやく普及するようになったのが、1930年代。それでも高価でなかなか普及率はあがらない。この国だと、1960年代にならないと家庭には入らなかった。そういう珍しい製品であるのが、この作のポイント。この次の作である「読者よ欺かれるなかれ」も家電製品が事件に関係していて、なるほどイギリスだと家電製品が一般家庭に普及していったのはアメリカに遅れること10年のこの時期なのだということに気が付く(クリスティやクロフツ1920年代の作品には、それほど家電製品はでてこない)。

ジョン・ディクスン・カー「夜歩く」→ https://amzn.to/4braSPq https://amzn.to/3WAHDWh
ジョン・ディクスン・カー「髑髏城」→ https://amzn.to/3Uzj2Pc https://amzn.to/3WvXaa1
ジョン・ディクスン・カー「絞首台の謎」→ https://amzn.to/3Wv3CxX
ジョン・ディクスン・カー「蝋人形館の殺人」→ https://amzn.to/3JRiXRY
ジョン・ディクスン・カー「毒のたわむれ」→ https://amzn.to/3USvVoE
ジョン・ディクスン・カー「魔女の隠れ家」→ https://amzn.to/3UTxKlm
ジョン・ディクスン・カー「帽子収集狂事件」→ https://amzn.to/4b8UeEx https://amzn.to/4bxpbCk https://amzn.to/4dCerUT
ジョン・ディクスン・カー「剣の八」→ https://amzn.to/3ycSGLr https://amzn.to/4bd6wvC
ジョン・ディクスン・カー「死時計」→ https://amzn.to/4b8TQpO
ジョン・ディクスン・カー「盲目の理髪師」→ https://amzn.to/3UDqMiW https://amzn.to/3wEPjw2 
カーター・ディクスン「白い僧院の殺人」→ https://amzn.to/3ydX4K2 https://amzn.to/4bAvwwV
カーター・ディクスン「プレーグコートの殺人」→ https://amzn.to/3JUW7sz https://amzn.to/3JRjof4
カーター・ディクスン「赤後家の殺人」→ https://amzn.to/3Wzf9w2
ジョン・ディクスン・カー「三つの棺」→ https://amzn.to/3USgMng
カーター・ディクスン「パンチとジュディ」→ https://amzn.to/3WAdjuZ https://amzn.to/3ygtpQn
ジョン・ディクスン・カーアラビアンナイトの殺人」→ https://amzn.to/3JUWh39 https://amzn.to/3WvY1Yh https://amzn.to/3JS7bXo
ジョン・ディクスン・カー「四つの凶器」→ https://amzn.to/3QDVNlY https://amzn.to/3ydTTls
ジョン・ディクスン・カー「火刑法廷」→ https://amzn.to/3UUOVlx https://amzn.to/3UQKqJN
ジョン・ディクスン・カー「曲った蝶番」→ https://amzn.to/4dBKq7G https://amzn.to/4dA0JSv https://amzn.to/3UQK6L5
カーター・ディクスン「ユダの窓」→ https://amzn.to/4dAq5Qk
ジョン・ディクスン・カー「死者はよみがえる」→ https://amzn.to/4bvLjNh
ジョン・ディクスン・カー「テニスコートの謎」→ https://amzn.to/3ybaINY
カーター・ディクスン「読者よ欺かれるなかれ」→ 
カーター・ディクスン「五つの箱の死」→ https://amzn.to/3wxhcX1 https://amzn.to/3WATnrV
ジョン・ディクスン・カー「震えない男」→ https://amzn.to/3ws17lq https://amzn.to/44CtkCH
ジョン・ディクスン・カー「カー短編集 1」→ https://amzn.to/3JWFJIg
ジョン・ディクスン・カー「猫と鼠の殺人」→ https://amzn.to/3WBnyiG
ジョン・ディクスン・カー「連続殺人事件」→ https://amzn.to/3QGovlX https://amzn.to/44y9AAb
ジョン・ディクスン・カー「皇帝のかぎ煙草入れ」→ https://amzn.to/4bvLiJd https://amzn.to/3wl51fY https://amzn.to/3WBcmmm
カーター・ディクスン「貴婦人として死す」→ https://amzn.to/4dMRGhp https://amzn.to/3QCLWwu https://amzn.to/3QDE0LC
カーター・ディクスン「爬虫類館の殺人」→ https://amzn.to/3Wv49Qt  https://amzn.to/4bxblzW
カーター・ディクスン「青ひげの花嫁」→ https://amzn.to/4bvWgOZ
ジョン・ディクスン・カー「囁く影」→ https://amzn.to/3UTuPsZ
ジョン・ディクスン・カー「カー短編集 2」→ https://amzn.to/4bAd5IF
ジョン・ディクスン・カー「眠れるスフィンクス」→ https://amzn.to/4bdcbSq
ジョン・ディクスン・カー「疑惑の影」→ https://amzn.to/4bb7o3V
カーター・ディクスン「墓場貸します」→ https://amzn.to/3JVNwpB
ジョン・ディクスン・カー「ニューゲイトの花嫁」→ https://amzn.to/4adJtzt
カーター・ディクスン「赤い鎧戸の影で」→ https://amzn.to/3QDS1sw
ジョン・ディクスン・カー「九つの答」→ https://amzn.to/3yf9j9d
カーター・ディクスン「騎士の盃」→ https://amzn.to/3wxhgGf
ジョン・ディクスン・カー「カー短編集 3」→ https://amzn.to/4bv5n2u
ジョン・ディクスン・カー「喉切り隊長」→ https://amzn.to/3ygt3t1
ジョン・ディクスン・カー「バトラー弁護に立つ」→ https://amzn.to/4btt3UO
ジョン・ディクスン・カー「火よ! 燃えろ」→ https://amzn.to/3yf7ZmN
ジョン・ディクスン・カー「死者のノック」→ https://amzn.to/4afT0WM
ジョン・ディクスン・カー「ハイチムニー荘の醜聞」→ https://amzn.to/3URgFZo
ジョン・ディクスン・カー「ビロードの悪魔」→ https://amzn.to/4b1Xwtj
ジョン・ディクスン・カー「ロンドン橋が落ちる」→ https://amzn.to/4dA3B1D
ジョン・ディクスン・カー「死の館の謎」→ https://amzn.to/44Aj3a0