odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

C.H.B.キッチン「伯母の死」(ハヤカワポケットミステリ)

 本を開くと、登場人物表はなくて、かわりにカートライトとデニスの一家の家系図が乗っている。総数30人くらいで、こんなにたくさんの人物を読み分けないといけないのかと重い気持ちになったが、会話のある人物はほんの数人。肩透かしをくらったけど、こういう趣向(人物表の代わりに家系図)は思い出せないので、だれかやってもいいかも。でも、このような英国探偵小説黄金時代の館ものは流行でないし、これだけの大家族がいるわけでもないので、すこし難しいかな。

 簡単に前史を書くと、キャサリン伯母さんは富豪のデニス家に嫁いだが夫に先立たれ、莫大な遺産を相続した。ずっと独り身だったが、30歳近く年下のハンニバルと結婚する。この男、とくに顔がいいわけでもなし、金を持っているわけでもなし、特徴がないのになぜ結婚したのかと一族は不信に思っている。で、半年近くがたち、キャサリンは甥のマルコムを呼び寄せる。この26歳の独身男は株式仲買人(なんとも古風な職名)で、キャサリンは自分の財産の有効な投資先を見つけたいというわけだ。
 で、その話をしている最中、キャサリン伯母は「ヴィーナスの秘密」という滋養強壮剤をマルコムの前で飲んだ。しばらくすると苦しみだし、「美しくあるには、いつも苦労を伴うもの」をフランス語で言い残して死ぬ。翌日の検視で、彼女は毒を盛られて死んだことが発覚し、警察の調査が始まる。マルコムはもちろん重要容疑者なのだが、能天気なのか好奇心からなのか、だれが犯人かを突き止めようとする。その時館にいた人物の一覧をつくり、動機とチャンスとアリバイで採点したら、自分とハンニバルが最高得点を取るというギャグがでる。
 探偵小説趣味からは謎は、1)目撃者がいる前でどうやって毒をもったのか、2)その動機はなにか、ということにつきる。特に最初の謎には都筑道夫が興味を持ったらしく、どこかの文章で「伯母の死」を引用していたのだが、思い出せない。
 一応その種の情報を列挙しておくと、「ヴィーナスの秘密」は事件の数日前にキャサリンが自分で購入したものだし、また偏屈なキャサリンは遺言を何度も書き直していてハンニバルへの相続分をどんどん減らしていったのだった。ここら辺は3分の2までが進むうちに明らかになっていく。
 解説者(「編集部M」ってだれだろう。初出年1956年というから、都筑氏のころかなあ)によると、「三十年後の本格探偵小説のたどりつく姿を示している」という高評価。外見は、古い館、奇妙な遺言、不審なところのあるよそ者などのオールドスタイル。そういう意匠をはいでみて「三十年後の本格」を考えてみるならば、事件の解決で論理的な一貫性をもっていること、犯人の行為と動機が現実でも通用するようなリアルさをもっていること、そのうえで登場人物もまたリアルな反応をしめしていること(ストレスに耐えかねて取り乱したり、シニカルな態度で警察や探偵を愚弄したり、僻みや妬みを誰かにぶつけたりする人形じみた人がいない)、そして職業探偵ではなく素人の推理なので途中で「謎はすべて解けたが、証拠がないので犯人はあかせない」などというもったいぶった超人探偵がいないこと。こういうところかな。
 キッチンという人は解説によると謎めいていて、どういう経歴なのかわからない。探偵小説は後一冊あるだけの様子。地味な心理小説の書き手で、派手なトリックを使ったり、シリーズ探偵を持っていないから、ずっと忘れられているみたい。自分が読んだのも四半世紀前(1986年)の増刷のものだ。