odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」(東洋経済新報社)

 以前からネット情報で気になっていた上に、タイトルが素敵なので購入。「ヤバい経済学」の原題は「FreaKonomics」。FreakとEconomicsの合体語という、これもステキなネーミング。

序 章 あらゆるものの裏側 ・・・ ここでは経済学の定義をちょっと変える。世の中の出来事を計測して、データを使って実際にはどうなのかを表す。専門家の人は自分の情報優位性を自分の目的に利用する。となると素人も彼らと同じ情報を持って、測り方と結果の見方を知れば込み入ったことをずっとわかりやすくすることができる。そうすると、通念は時に間違っていることがあるのがわかる。というわけで、トンデモない問いをすると、ときにトンデモない驚きをもたらすことがあるよ。ということでヤバい経済学に行ってみようかGO!

第1章 学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ? ・・・ 人の行動性向を変えたいときに、正負のインセンティブを与えることが多い。でも往々にして、期待通りの成果が出てくることはない。例は、生徒の全国試験における教師のインチキ。逆に、インセンティブの働いていない場面でもインサイダーはインセンティブに基づく行動をしているらしい。例は、相撲の八百長(疑惑)とか、教師による生徒のテストの改ざんとか、社内の知的犯罪(横領とか窃盗とか)。

第2章 ク・クラックス・クランと不動産屋さん、どこがおんなじ? ・・・ 情報優位性を持つことで、自分の仕事や活動を有利にできるけど、インターネットのために素人も情報優位にたつことができる。面白いのは、1940年代にKKKをつぶそうとしたとき、最も有効だったのはKKKの情報をラジオ番組「スーパーマン」に流して、秘密情報をコケにすることだったというエピソード。KKKも学がなく低収入で将来の希望を持てない人たちが憂さを晴らす道具であった、というのがなんとも複雑な思い。そんな単純な理由で黒人をリンチにしたのかとか、田舎の白人レッドネックの閉塞感の寒々しさとか。

第3章 ヤクの売人はどうしてママと住んでるの? ・・・ 麻薬の売人全般は儲けて派手な生活をしていると思われてる(通念)が、実際はそうではない。調べると、株式会社と同じようなピラミッド組織で、ほんの一握りの上だけが儲けて派手な生活をしていて、下はカツカツの暮らしをしている。それなのにヤクの売人が減らないのはなぜか? 金になる仕事と職業がほかにないから。となると、麻薬撲滅の運動をするより、失業をなくし貧困者を保護し職業訓練をする方が効果的になるのか?

第4章 犯罪者はみんなどこへ消えた? ・・・ 1990年代にアメリカの犯罪発生率は大幅に減少した。これはそれ以前の学者の予測を裏切る結果で、いろいろな仮説が提案されたがデータを見ると否定された。もっとも重要なのは1960年代に中絶が合法になり「望まれない子供(ティーンエイジに犯罪に染まりやすい傾向がある)」が生まれなくなったこと。これは中絶が非合法だった同時代のルーマニアと比較しても有効な仮説(では日本の犯罪減少もそれで説明可能か?)

第5章 完璧な子育てとは? ・・・ 子育て指南の本はたくさんあるけど、データをとってみたら、親が子になにをしたかではなくて、親はどんな人かのほうが子供の成績に重要だった。
第6章 完璧な子育て、その2―あるいは、ロシャンダは他の名前でも甘い香り? ・・・ こどもの名前の付け方には流行り廃りがあるよ。上流の人がつけた名前を下層の人は使うようになる。あとアメリカでは人種ごとに付ける名前の傾向があるので、黒人に多い名前の人は就職の面接機会がへるのだそうだ。

終 章 ハーヴァードへ続く道二つ ・・・ とくにまとめることもない。


 世の中の出来事を説明するにはいくつかのやり方がある。
ひとつは、理論とかイデオロギーとかで因果や相関を語る方法。これが危ういのは、説明と現実が一致しないとき(本の例だと、「警官を増員し監視を厳しくしたら犯罪が減った」というようなやりかた)、現実の側がおかしいとしたり、アドホックな説明を追加したりする。正しいか間違っているかを検証するのが難しいし、やりたがらない。多くの評論家とかメディアの論評はこのレベル。
ふたつめは、コントロールと比較対象群を使って実験すること。科学の多くはこのやり方で検証が行われる。ところが、人間や経済になると、実験の規模がデカすぎ金がかかりすぎるとか、被験者の思惑があり過ぎて因果や相関をとれないとか、生活や経済に支障がでるので実験できないとか、で適応できない。
そこで、みっつめに、膨大なデータを取得して統計学的な検討を行うこと。かつてはビッグデータを扱う方法がなかったけど、コンピューターを使ってできるようになった。データには汚れとかインチキなんかが紛れ込んでいるけど、統計学の手法でそういうのを排除したりできる。
 この三つめの手法を使ったのがこの本のさまざまなトピック。犯罪減少、インサイダーのインチキ(八百長も)、子育て、裏社会のビジネス、ヘイトなど普通経済学の研究対象にならないことを取り上げて、「通念」をぶち壊すような衝撃の結果を導いている。それらの研究や分析の結果が社会の改善に役立つか、政策に反映するかはまた別の話なので、「この研究が何に役立つか」はカッコにおいておこう。もしかしたら、インセンティブの考えは経営学には有効かもしれない。インセンティブというと成果報酬の経済的な正ばかりを考える。でも、それは企業活動では有効でありそうだが(達成しそうにないと判断すると、頑張らなくなるという傾向があるけどね)、公共サービスやボランティアなどにはうまく働かないことがある。それはインセンティブには社会的なそれと道徳的なそれがあって、人がどのインセンティブに敏感になるかは、置かれた状況でずいぶん変わってくる。この議論は面白そうだが、この本では深められていないので、別の本で勉強するのがよい。とはいえ、経済的な余裕があって将来予測に楽観的であれば、たいていの人はモラルを守るという傾向があるので、社会政策の重要なところは景気と失業と社会福祉のバランスだよな(トリレンマの関係にあるから全部を解決することができないのでバランスが大事)。
 面白いのは、経済学だとお金の話に終始すると思っていたけど(もちろん商品や労働の話もあるがたいていお金に換算して考えている)、ここではもちろんお金も出てくるし、評価に経済指標がつかわれるのだけど、お金だけではない要因が人間の行動性向に関係していることがわかる。もしかしたら社会学の領域の議論なのかもしれないが(犯罪減少をデータでしめしたのにマッツァリーノ「反社会学講座」2004年があった)、社会学はここまでデータ重視を打ち出しているようではないので(俺の偏見)、やはり経済学でなけらばならない。
 社会政策に反映されるような研究も出てほしいし、他の国でも同じ傾向が出るのか検証する研究も出てほしいし(犯罪減少と中絶合法化の関係とか、ネーミングと階層の関係とか)、新しいトピックで爆笑させてほしいし。「ヤバい経済学(FreaKonomics)」の後継研究者がたくさんでるといいな(似たタイトルの本があるようです)。