odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「脅迫者によろしく」(新潮文庫)

 私立探偵・西連寺剛を主人公とするシリーズ第二作。1979年刊行。前作から一年後にまとまったとなると、筆が乗っていたのだね。

表紙のとれた詩集 ・・・ 自費出版の詩集をみて、失踪した女性の行方を探すことになった。奇妙なのは詩集の表紙がちぎれていること。詩集の作者にあって、画家の居場所を探すことに。ここでは事件の構図よりも、詩集の作者である初老の老人の心理が面白い。若いころの夢が破れ、気まぐれで出した詩集に反響があり、自尊心といじわるがごっちゃになった奇妙な、しかしよくあるタイプの挫折者。

灰皿がわりの珈琲茶碗 ・・・ 一流会社の妻が失踪した。ふだんはちゃんとしているのに、コーヒー茶碗に煙草を捨てている。妻はかつてゆすりにあっていたが探偵の知り合いの暴力団が話をつけていて、しかも死んでいるというのに。調べた結果、自分が怪物だったことを知る現代のオイディプス

小豚の銀行 ・・・ 母が失踪したので見つけてほしいと小学生に頼まれた。母子家庭であるが母が同棲している男がいる。彼は、小学生は人生相談で人気の医者だという。医師に電話を掛けると、もう金は出さないとつっけんどん。ようやく状況を説明すると、今度は医師が探偵に捜査を依頼した。途中にエロティックなシーンが挿入され、私立探偵は女にもてるなあと感心した直後に急転直下の解決。小学生をだしにした犯罪は頭に来るな。だから最後の乱闘もすかっとする(死語)。

脅迫者によろしく ・・・ 人気俳優から極秘の依頼。ポルノ写真が送られてきて買わないかと言われる。よく見ると、写真の女は女房に似ている。金の受け渡しの代理人になるとともに、10年前(1960年代初めのころか)のしのぎの様子を調べることにする。事件の動機を古いところに持ってくると退屈になるものだが、この作品ではうまく処理している。「記憶を栄養にして生きている」人もいるというのが、物寂しくもあるが、身に沁みる。この感情は50歳を過ぎるとわかるなあ。

砕けたクラッカー ・・・ スナックで隣り合った若い女に相談に乗ってくれと言われる。あいにく別の仕事に駆り出され、約束を破ってしまった。数日後、そのフィアンセから捜索の依頼が来る。おかしいのは、若い女は会社勤めなのに、1800万円もの大金を貯金していたのにもかかわらず通帳を残したまま。女の過去がすこしずつ暴かれて、それは他の人を傷つけることになる。人の真実を知るのは痛みを伴う、というわけか。

髪を忘れたサンタクロース ・・・ 事務所代わりのマンションに帰るとき、小学一年生の女の子に、サンタクロースが髭を忘れたので探してほしいといわれる。数日したら父に渡せばよいと考えて引き受ける(これはスマートな解決方法)。それを聞いた母が、夫が失踪したので探してほしいと新たな依頼。スナックを経営しているのだが、夫の前の恋人だったような年上の女にふりまわされているらしい。ホテルに行くと、年上の女が絞殺されていて、夫は行方不明になっている。探偵は夫の友人をひとりずつあたっていくことにした。


 新潮文庫版の北村太郎の解説が要領を尽くしていてみごと。センセーの江戸っ子に焦点を当てて、特徴をしっかりとつかんでいる。さすがに言葉にうるさい、もとい厳しい詩人の仕事だ。
 付け加えることはなにもないのだが、ここでは「表紙のとれた詩集」「脅迫者によろしく」にでてくる老人たちの描写がすばらしいことを指摘。ひきこもりで偏屈ではあるが、お人よしで腰がる。こういう飄々としていて、おしゃべりの老人はこの国の文学ではあんまり書かれなかった。それは、会社を定年で退職し、やることのなくなった男が行き場を無くして孤独になり、自立しようにも生活の仕方がわからず、年下からうっとうしがられるという新しい老人がたくさん生まれたことの反映とみてよいのかな。社会の近代化の行き先で、生産力を失って放擲された人々がこんな感じになる。