odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロス・マクドナルド「縞模様の霊柩車」(ハヤカワ文庫)

 24歳の娘ハリエットが気に入らない芸術家の男と結婚しようとしている。娘には叔母から莫大な遺産が入ることになっているが、自由に使えるのは25歳になってから。そのため海軍軍人の父マーク・ブラックウェルは厳格に育ててきたが、娘は孤独で、放縦な性格になってしまい、親の言うことを聞きやしない。父と大喧嘩した末に男と出て行ってしまったが、先行きがとても不安。そこでリュー・アーチャーに男の身元調査をしてほしいということになった。

 アーチャーが二人に会うと、男は典型的なスノッブディレッタントな自称画家バーク・デイミス。マークと喧嘩して二人は姿を消してしまう。残された荷物に別名の名前が書かれたメキシコ航空の封筒がある。その名前をおうと、死体が見つかる。どうやら殺されたメキシコ人はバークの変名かと思いきや実在の人物。彼の後を追うと、その線はバークにつながる。すなわち、この二人はメキシコでいかがわしい仕事をしていたらしいが、数か月前にバークが自分の妻を殺し、失踪したので、そのあとを追おうとしたらしい。それも友人のためを思うというより、金にしたいということのようだ。ここで過去の殺人が二つ発見。そして、カリフォルニアに戻りマークの別荘に行くと、バークは再び失踪。そしてハリエットの帽子と髪の毛の束が湖に浮いているのを見つける。警察の手を借りて、3つの殺人を犯したという容疑でバークが逮捕される。ここまでのストーリーは緻密で錯綜している。人物関係を頭に入れることに集中していたら、アーチャーは誰と会い誰と会話したのかすっかり忘れてしまった。面目ない。ロスマクは人物をメモしながら一気に読まないと、混乱する。これは小説の弱みのひとつ。
 さて、一件落着とおもいきや、バーク、本名ブルース・キャンピオンは自分の犯行ではない、と執拗に弁明する。その姿を見て、アーチャーは再度事件を吟味しなければならないと知る。関係者にもう一度会い、話を聞き直すと、以下のことがわかる。すなわち、ブルースの殺された妻ドリーは幼少のときにマークにかわいがられていた(ドリーの家をマークの別荘が近かったので)。その関係はドリーが成人し、ブルースと結婚するまで続いている。マークによるドリーのかわいがりはマークの後妻イゾベル夫妻も知るところであったが、マークとイゾベルの夫ロナルドがハイキングの最中に事故死していた。その後マークはイゾベルと再婚したのであった。マークが気にしている娘ハリエットは先妻ポーリンとの間の子。ハリエットが幼児の時に離婚していて、ほとんど交流がない。このように調書のようにまとめると何とも興ざめであるが、アーチャーの捜査で少しずつ事実が割れていく過程では実にスリリング。
 すなわち、冒頭では単に親子の世代間ギャップと、1962年当時のポップカルチャーやヒッピーに影響された若者の退廃と見えていたのが、実は神話的な親子の認識不可能をあらわにするのである。すなわち、父権的にふるまう元軍人マークが、見かけのように強者ではなく、強いマザコンを持っているとか、こわもては内面の孤独や自信のなさゆえの強がりであると知れる。その仮面が、妻やハリエットの愛や理解を拒み、ブルースを誤解してしまう。強がりやこわもての仮面をかぶっていたのは、ブルースも同様。仮面は事件の真相を明らかにする過程で引っぺがされる。その時に、男や父に突きつけられる真実の厳しいこと。当時のアメリカの父はたいていこのような強がりやこわもてをまとっていたものだ。それが若者の反抗で引っぺがされ、内面の空虚さをあらわにされるのだが、それは初出1962年の数年後のこと。そうすると、この作品はのちの若者の叛乱を予告していたのかもしれない。
 表層の事件は簡単な様相であると見えた。粗暴な男が妻を殺し、疑惑を持つ証人も殺害する。しかし、この表層は二転三転する(文字通りに!)。結果、読者は、アメリカの健康で資産もちの家族が深い闇を抱え病んでいて、ひとつきで崩れ落ちるほど腐っているのをみることになる。ゴシックロマンスでは選ばれた貴族が世界の汚わいを引き受けてあの世に持っているのだが、20世紀のカリフォルニアの陽光の下ではそのような神話的な解決は取れない。病み腐った魂は膿を垂れ流し、読者のうちにも少量は流れているものと知れる。それは怖いことだ。
 最後のシーンで、アーチャーは最も病んでいた人物の前にたつ。アーチャーは真相を見出すが、その魂を救うことはしない。ただ横に立ち、歩くことを促すだけ。これを厳しいとみるか、不徹底とみるか、他人とのかかわりはそこまでしか踏み込めないと見るのか、適切なカウンセリングとみるのか。