odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ヘンリ・スレッサー「ママにささげる犯罪」(ハヤカワポケットミステリ)

 「うまい犯罪 しゃれた殺人」が好評だったので、ヒッチコックが編んで1962年に出版された。この国では1970年代に文庫になっていた。
 前の短編集ではほめまくったけど、こちらでは、苦情も書いておくことにしよう。
 ちょっと辛味のきいた物語だけを読み続けるのはしんどいことであることも確かで、スレッサーやホックの短編は、周りにがちがちの本格ミステリーや都会小説が載っている雑誌で、箸休めの感じでつまむのにちょうどいい(一本読むのに十分とかからないから)。スレッサーの短編ばかりを集めたものだと、老舗の名品漬物だけが入っているようなもの。焼き魚や唐揚げやご飯もないと食事はすすまないのだよな。
 それは彼の人物がお人よしで、間抜けで、オポチュニストで、打算的で、まあ、ちょぼちょぼの人間ばかり。加えて作家はとても同情的。なので、ペーソスがただよって、バカだなあ(でも読者のオレは彼らとは違うよ)という優越をもたらすところにも。ここらへん、人間嫌いで人間の残虐性を抉り出すルヴェルと違うのだよね。文学的余韻(とはまあ抽象的ないいかた)が乏しいのだ。

1 母なればこそ (A Crime for Mothers) ・・・ 金にせっぱつまったアル中気味の女は弁護士と称する男の誘いに乗って、自分の元の娘を誘拐することにした。2回のひっくり返し。誘拐された娘の最後の一言の皮肉さ。
2 隣りの独房の男 (The Man in the Next Cell (Incident in a Small Jail)) ・・・ 田舎町を急いでいたビジネスマンがスピード違反と贈賄未遂で独房に入れられる。おりからその町で凶悪事件が起き、犯人が逮捕され、同じ独房に入れられた。町の住民は凶悪犯をリンチしようとするらしい。ビジネスマンは気が気でない。落ちがむずかしいけど、凶悪犯夫妻の仕組んだことにするとつじつまがあうのかな。
3 褒美は美女 (And Beauty the Prize) ・・・ デートの約束がなかなか取れないのは、彼女には55歳の恩人がいるからだった。そこで文句を言いに行くと、決闘しようといいだす。相手は20cmも低く、30kgも軽いのに。なぜ老人は決闘を申し込んだのか。
4 女の力 (A Woman's Help) ・・・ 夫の悩みは病気がちの妻のことだった。疑い深く、嫉妬深く、他人を自由に操る権力をもちたがり、他人を顎で使うことに快楽を見出すような。ようやく見つけた看護婦は若い美人で、夫は魅かれたが、妻は目ざとい。そこで復讐の計画を立てたのだが。病人がひがみっぽく、意地悪になるのはよく聞く話で、なんとも、心底まで寒くなるねえ。
5 アミオン神父の大穴 (Father Amion's Long Shot (Long Shot)) ・・・ 貧乏な教会で熱心に祈る赤ら顔の中年男。気前よく賽銭をだすので聞くと、教会で祈ると競馬で勝つのだという。逼迫した神父は、教会の金をその男に預けた。その直後、激しい後悔で、賭けた馬が当たらないようにとお祈りした。お祈りは聞き入れられたのだが。ジレンマに陥った神父を救うたったひとつの冴えたやり方。うまい!
6 料理人の問題 (Servant Problem) ・・・ 新進作家は自信満々で出版社社長一家の到着を待っていた。最初に来たのは、なんと25年前に別れた妻。アル中気味でよりを戻そうといいだす。社長一家には「料理人だ」ということで切り抜けたが、翌日、作家は決着をつけに汚いホテルにむかった。そこでタイトルの問題が起きてしまって。
7 夜が淋しいの (Keep Me Company) ・・・ 夫が友人たちと起業したので、帰宅が遅くなり、妻は気が狂わんばかり。思いついたのは警察にコソ泥がいるといたずら電話を掛けることだった。親切な警官だったので、いたずらはもっとエスカレートしていく。そして強烈な皮肉。
8 制服は誰にも似合う (Cop for a Day) ・・・ 小金を強盗するつもりだったのが銀行員を殺し、金髪女にみられてしまった。アジトにこもっていると不安でならない。そこで貸衣装屋で警察の服を借り、金髪女を調べるふりをした。強烈な皮肉。
9 父帰る (Welcome Home (You Can't Blame Me)) ・・・ 20年収監されていた50歳の男が出所する。隠しておいた金をみつけ、家に帰る前にバーによった。けばい女が酒をすすめ、意識を失うと金を入れたスーツケースはなくなっていた。失意の男を妻は迎え入れ、娘を紹介する。強烈な皮肉、恐ろしい結末だなあ。
10 帽子から出た殺人 (Murder Out of a Hat) ・・・ カンニングを見つけられた学生は報復のために、生物学の老教授の家にいき、真新しい帽子が捨てられているのをみつけた。教授は夫婦喧嘩が絶えず、奥さんは数か月前からいなくなっている。ということはこれは?というわけで警察にタレこみにいった。まあ、教授の知恵にはチンピラ学生はかないませんよ、というこった。
11 豪華な新婚旅行 (First-Class Honeymoon) ・・・ 離婚した妻といちゃいちゃしている男が来て、金が欲しいから妻と結婚する、だから金をくれという。離婚手当にうんざりしている男は小切手を切った。そうそううまい話はないってこったね。
12 良薬は口に苦し (The Right Kind of Medicine) ・・・ 強盗に成功したが追跡する警官を射殺してしまった。太ももに貫通弾をうけ、痛みどめを処方してもらう。でかけようとするとき、薬局の男が後をつけていた。うん、犯罪はあわないねえ。
13 最後の遺品 (The Last Remains (Dead Give-Away)) ・・・ 葬儀社に持ち込まれた死体は交通事故死ということだが、目立たないところに銃痕があった。葬儀社の社長は警察に届ける代わりに、葬儀を依頼した共同経営者と話をすることにした。
14 水よりも濃し (Thicker Than Water) ・・・ 未成年が敵対中のグループとあってナイフを使ったというありふれた事件。それを依頼された弁護士はいやいやながらも事件を引き受けたが、状況はよくない。最後の望みは、凶器のナイフをある血液テストにさらすことだった。ここでは被告人親子の心情について、いろいろと想像をめぐらすエンディングになる。そこでタイトルをもう一度読み直すこと。
15 老嬢の初恋 (Won't You Be My Valentine (The Case of M.J.H.)) ・・・ 精神分析医に勤めるオールド・ミスが初めて恋をしたが、彼はならずものだった。勤め先からカルテを持ち出すよう強要し、ある患者の情報を盗んでゆすりにでかけた。しかし。
16 魔の指サミー (Burglar Proof (Be My Valentine)) ・・・ 落ち目の広告会社が企画したのは、最新の金庫をなうての金庫破りに公開で開けさせることだった。しぶる金庫破りの「魔の指」サミーをなだめて、どうにか実験を開始。3時間たって結局金庫は破れなかった、だが。えーと、クイーンのある短編と同じトリックでした。


 もうひとつ困ってしまうのは、そこにあまり書かれていないにしても、1940-50年代のアメリカの生活が前提としてあるので、そこから時間が離れてしまった今となっては、古びた感じがでてしまうことだ。その当時には、先端のモードであったのだろうに。同じようにその時代に寄りかかった短編を大量に書いていたPKDやブラッドベリはあんまり古びた感じがしない(むしろノスタルジックな発見がある)のに、F・ブラウン(でも大好き)やヘンリー・カットナーが古びてしまったのに似ている。このあたりの時代感覚というか作家のありかたというのは難しいのだね。
 「褒美は美女」「夜が淋しいの」「父帰る」などの主人公(世間知らず)が会う人々の二重性に震えることになる。外見や見た目と、実際の行動のギャップがこわいというわけだ。彼らの皮相な見方で、損をしたり、ひっかけられたり、ときに大事なものを失うのだが、それって俺たち自身に少し重なるのだよね。そこが恐怖やサスペンスのもと。