odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フレドリック・ブラウン「ブラウン傑作集」(サンリオSF文庫)

 フレドリック・ブラウンの没後5周年を記念したのか、アンソロジーが1977年に編まれた(死亡年は1972年)。それがこの傑作集。編集はロバート・ブロック(@サイコ)。ブラウンの仕事は多岐にわたるが、SFとホラー、ショートショートにかぎって収録したというのは、編者の好みだろう。まあ、彼の短編集を読むと、その選択は正しいのだが、ちょっと物足りない。アンソロジーなので、ほとんどの作は先行の短編集に収録されていて、わかるものだけ書いておいた。

闘技場 ・・・ 「スポンサーから一言」所収。星間戦争のパイロットが気を失うと、砂漠の闘技場に連れられて…。ブラウンのSF短編というと、まずはこれだな。

イメージ ・・・ 「スポンサーから一言」所収。ブラッドベリ「クリスティネ・アポロ」と比較すべし。

事件はなかった ・・・ キャバレーの踊子を射殺した若い男は「彼女はリアルのほうだったのか」とつぶやく。弁護士によると、その男にはアンリアルな存在がしょっちゅうあらわれ、彼を惑わすという。存在論、特に唯心論に取りつかれた男を救うには……。笑った、笑った。これがもっと手の込んだ唯心論になると「発狂した宇宙」や「火星人、ゴーホーム」になるんだ。そのうえ、小説の登場人物からすると、彼の世界は唯心論そのものだよね。だから、登場人物が作者を探すというのが可能になる。

忠臣 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。

アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク ・・・ ニューヨーク生まれのドーリーは、博物館でオウボイ(クラリネットの原型に当たる古い楽器)を見てから、理想の音を見つけるために世界を放浪している。ドイツの田舎町の酒場で彼はそれをみつけた。オットーと名乗るオウボイ吹きが聞いたことのない妙なる音と音楽を聞かせるのだ。ドーリーはどうにかしてその楽器を手に入れたいと思う。「悪魔のヴァイオリン」「悪魔の赤い靴」の変形。19世紀ドイツの古風な雰囲気で、理想の音を探索するというのはまさにドイツロマン主義。理想は遠いところに会って手に届かないから美しいのであって、手にすると人を破滅に導く。

人形芝居 ・・・ 砂漠の真ん中にあるような小さい町に、ロバに乗った異星人がやってきて、「銀河連邦の全権大使です。あなた方を連邦に加入するかどうかを判定に来ました」という。異星人フォビアテストに合格したのだと告げたところで、異星人は倒れた。そのあとの二転三転。異星人フォビア(それは外国人排斥の感情と同類)をマッカーシズムの記憶がある1950年代に書くとはねえ。この人の文化的相対主義は本物。

黄色の悪夢 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。コリアー「クリスマスに帰る」と比較すべし。

最初の接触 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。ブラッドベリ火星年代記」やウルトラセブンギエロン星獣の回と比較すべし。

ジェイシー ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。パタリロジージス」と比較すべし。

狂った星座 ・・・ 「宇宙をぼくの手の上に」所収。

回答 ・・・ ショートショート「天使と宇宙船」所収。

ギーゼンスタック一族 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。

鏡の間で ・・・ 「スポンサーから一言」所収。繰り返し読んで、ブラウンの最高傑作とますます確信。中村保男訳(創元推理文庫)のほうがシャープ。

ノック ・・・ 「宇宙をぼくの手の上に」所収。「地球上で最後の男が、ただひとり部屋に座ってい(ると)、ドアにノックの音が…」。スマートな解はノックしたのは最後の女。でもここでは最後の女はすでに登場している。ではだれが?

反抗 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。

星ねずみ ・・・ 「宇宙をぼくの手の上に」所収。星ねずみよりスターマウスのほうがミッキーマウスとの関係がよくわかるのではないかな。あとディズニーは画像の著作権にはうるさいが、こういう文章の描写には文句の言いようがないはず。

雪女 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。原題「abominable(非常に不快な)」を「雪女」にしたのは、創元版の訳者・小西宏のセンスかな。

不死鳥への手紙 ・・・ 「天使と宇宙船」所収。めずらしくペシミスティック。

任務完了 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。

エタオイン騒ぎ ・・・ ライノタイプ (Linotype)は鋳植機の一種で、キーボードを打鍵して印刷版型を作成する装置のことだそうだ。「エタオイン」はライノタイプがちゃんと動いていることを確認するためにキーボードで打ち込む意味のない文字列だとか。
ライノタイプ - Wikipedia
 ライノタイプは写植機で仕事を失い(活字の金属がいらなくなった)、DTPの普及で命脈をなくした。さて、1950年代、ライノタイプを使って活字を組む仕事をしている。あるとき人に貸してから、ライノタイプは丸で生きもののように仕事を要求し、自立してしまった。今度は人が機械に使われるようになっている。どうにかしないと機械に殺されてしまう。この解決方法はのちに、「パタリロ」「コブラ」などのマンガで再演された。とはいえ、この事態はPCによって現実になっているといえないか。面倒な考える仕事は機械がするようになり、人はメンテナンスしかすることがない。クルーグマンの考えのはるかな先駆で、21世紀の現実の先取り。笑いたいけど笑えない。

おそるべき坊や ・・・ 「天使と宇宙船」所収。そちらのタイトルは「悪魔と坊や」。

実験 ・・・ 「スポンサーから一言」所収。タイムパラドックステーマの究極の回答。

タイムマシンのはかない幸福 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。

和解 ・・・ ショートショート。憎しみ合う二人の男女が和解するのはいつか。「アトミック・カフェ」の時代だったよなあ。

シリウス・ゼロ ・・・ 「宇宙をぼくの手の上に」所収。シリウスのスペルはシリアスと同じ。なのでタイトルはダブルミーニング

意図 ・・・ 「天使と宇宙船」所収。そちらのタイトルは「大同小異」。ストルガツキー「ストーカー」レム「天の声」と比較すべし。宇宙の知的生命体が人類と同じ知性と感受性の持ち主とは限らない。

ユーディの原理 ・・・ 「天使と宇宙船」所収。最後の一文が「私は頭がおかしくなりかかっている」。そして次の短編が始まるのだから、ブロックの編集も意地が悪い(笑)。

さあ、気ちがいになりなさい ・・・ 「宇宙をぼくの手の上に」所収。精神病院への潜入、知覚の異常、新たな神学の構築。この辺りは後年のPKDの主題だ。精神病院内部の描写は「暗闇のスキャナー」に、「明るく輝けるもの」の教義は「ヴァリス」にそっくり。それにびっくり。

終 ・・・ ショートショート。「未来世界から来た男」所収。創元推理文庫は縦書き。こちらは横書き。


 底抜けのユーモアからペシミスティックな悲しみまで、ブラウンの多彩さを確認できる。後者は今回の再読で初めて気づいて、なるほど1950年代のアメリカが陽気な時代といえども、底流にはこういう不安や漠然とした恐れがあったのだなあ。そのあたりをブラウンはよく書き留めたのだ、と思う。長年の友人であったブロックは、ブラウンの思い出を書くが、収入が確実に見込まれるまでは専業にならなかったとか、テレビやラジオの仕事も請け負って安定を志向していたとか、堅実さばかりが目立つところでも、人付き合いの悪さなどは彼の心に痛みが宿っていたのだろう。彼の文化的相対主義も強い主張というよりは、より強い種族や知性にはかなわないというコンプレックスから生まれているみたい。最後の「さあ、気ちがいになりなさい」なんかは、PKDやバラードの先取りだよな。1960年代にニューウェーブSFや思念(スペキュレーション)SFが流行った時にブラウンは背をそむけたとブロックはいうが、この傑作集を通読すると、そんな主張や運動がなくとも、彼はすでにやっていたのだった。みかけはアイデア勝負で軽妙な文体で一気に読ませる職人作家であるのだが、この人のはそれだけでまとめることのできないはみ出したところがある。それが、俺がブラウンにここ数年魅かれている理由か。
 訳者は星新一。この人名義の翻訳はほかにあったかしら。珍重したい仕事だとおもうが、ブラウンの文体や物語はもっと硬質のほうが似合うと思う。星新一のやわらかく楽天的な文体は合わないと思った。


 ハヤカワ文庫からタイトルを変えて再販されている。