odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フレドリック・ブラウン「まっ白な嘘」(創元推理文庫) ミステリーと犯罪小説を収録。1940年代、戦争とそのあとの好景気の時代に人々は不安を感じている。

 1953年の短編集。書かれたのは1940年代。戦争とそのあとの好景気の時代(でもアメリカ人は、敗戦国や被災国の支援のための高い税金に飽きている)。ミステリーと犯罪小説を収録。

笑う肉屋 ・・・ 町で嫌われ者の肉屋がリンチにあったという。それは彼の敵対している男が雪野原で心臓まひで死んだからだ。奇妙なのは死体のつけたひとつの足跡とだれかの足跡だけで、そこから抜けでたものはない。そこで、サーカスのもと魔術師である肉屋が疑われたわけだ。江戸川乱歩「世界短編傑作集 2」(創元推理文庫)所収のグロルラー「奇妙な跡」1917アメリカ版。

四人の盲人 ・・・ サーカスの嫌われ者が共同経営者になる予定であったのに、ピストル自殺を遂げた。奇妙なことに3発発射されている。いったいだれがどうやって? 嫌われ者は動物虐待をしていたのとタイトルがヒントです。

世界がおしまいになった夜 ・・・ プラクティカルジョーク好きの新聞社主ハロウランは、アル中のジョニーに「今夜1時45分に世界が終る」というニセ号外を渡して、陰で大いに笑おうとたくらんだ。案の定、ジョニーは半狂乱になった。世界の終りはたしかに予想通りに訪れた。すごくブラックなおとぎ話。星新一が「進化した猿たち」で言及していたなあ。

メリー・ゴー・ラウンド ・・・ サーカスの事務係が心臓まひ。死体の周囲にはピストルにロープ。おまけに頭を打っている。金が1000ドル以上(現在価値では10万ドルくらいか)が無くなっている。警察はピストルの持ち主を逮捕した。彼の無罪を信じるメリー・ゴー・ラウンド経営の独身中年が事件解決に乗り出す。見栄えのしない男が勇気を振り絞るとよい結果になるというおとぎ話。いいなあ、このおっさん。

叫べ、沈黙よ ・・・ 誰もいない森で木が倒れた時、音は存在するか。その森に聾者がいたとき音は存在したか。この問いから、ある奇妙な事件を語る。ブラウン神父譚のような釈然としない気分を味わうことになる佳作。

アリスティッドの鼻 ・・・ フランスの探偵事務所に応募したアメリカ人探偵に話す前任者の逸話。半ミリ角のマイクロチップを美容室で見つけようと一芝居を打つ。その結果は?

後ろで声が ・・・ サーカスの人間砲丸を生業にしているトニーは憂鬱。妻のマリーと大喧嘩をして、ついに別れる決心、それもずいぶん考えた末にしたからだ。最後の演技のあと、トニーは町はずれで追いすがる足音を聞き、ナイフを刺しだした。妄執のうえの勘違い。ここの切迫感はアイリッシュに共通。彼のほうが心理描写はうまいなあ。

闇の女 ・・・ 賄い付きの下宿屋に若い娘が越してきた。奇妙なのは、彼女が来たのが銀行強盗の直後(犯人の一人が逃亡中)で、夜は闇の中でじっとしていること。数日して、事件を調べに刑事がやってきて、下宿人は好奇心をそそらせる。謎は銀行強盗にはなく、娘が闇の中にいること。そこで合理的な説明からオカルトな理由まででっちあげるのがおかしい。この時代は濃厚な人間関係がアメリカの地方都市には残っていたのだね。

キャサリン、おまえの喉をもう一度 ・・・ バンドを人気にしようとがんばるジョニー、働きすぎて「空転」し、妻を殺しかけ、自殺を図り、記憶を喪失してしまった。ニセの記憶を得て、ようやく妻のもとに帰る。そして自分の演奏をきいたとき、すべてを思い出した。どす黒い情念と妄執。真崎守「キバの紋章」がこのバリエーションだった(知っている人は少ないだろうな)。

町を求む ・・・ 町のボスになりたがる野心家が、今のボスから資金をやるから出て行けといわれる。で、休暇がそろそろ終わろうとしている。犯罪小説にみせかけた民主主義の啓蒙小説、だな。ほんと無投票(および白票)は白紙委任だから、文句を言えなくなるんだぜ。

史上で最も偉大な詩 ・・・ 新人記者が大物批評家にタイトルの質問をした。彼はカール・ルーニーと答える。そんな詩人は知らない、というと彼の経歴と作品を紹介した。皮肉で痛烈なパンチライン。うん、懐疑主義は大事だよ。

むきにくい林檎 ・・・ アッペルという嫌われ男の子の一代記。自分より優れているものをねたみ、証拠のない犯罪で蹴倒してきた男。成人して町を出、シカゴの大ギャングになりあがる。20年を経て帰郷したとき、昔の因縁が燃え上がる。なんとも後味の悪い、しかし身につまされる物語。スティーヴン・キングにもこういういじめっ子の復讐譚があったような。

自分の声 ・・・ 事業が順調な経営者がホテルで自殺した。死ぬ前に何度も耳を澄ましていたらしい。殺人の線で捜査されたが、結局は自殺に収まる。それを聞いた共同経営者はあたしは名探偵になれる、なんとなればヴォードヴィルに出たことがあるから。うん、暗示されたことが本当だとしても、これは逮捕できないなあ。

まっ白な嘘 ・・・ 格安の家を手に入れた新婚夫婦。それは数か月前に陰惨な殺人事件(「浴槽の花嫁」事件に類似)があったからだ。だが、夫の様子がおかしい。しだいに妻は夫がその殺人犯ではないかと疑う。殺人犯の残した札束を地下室で見つけた時、彼女の疑惑はもう確信に変わっていた。アガサ・クリスティー「夜鴬荘」やセイヤーズ「疑惑」(いずれも江戸川乱歩編「世界短編傑作集4」)、アイリッシュ「秘密」(短編集4」が同じ主題なので、違いを楽しもう。

カイン ・・・ 成功したがケチな弟は兄に金を貸さない。入念な計画を立てて弟を殺害したが、アリバイつくりの途中で交通事故にあって発覚してしまった。明日は死刑執行。その「イ・リヤ」の夜。終わりなき牢獄。強烈なオチ。

ライリーの死 ・・・ 出来の悪い警察官ライリー。市長と知事のパレードに付き添う仕事の前に、あまりの暑さでビールとウィスキーを飲んでしまった。パレードの最中、爆弾を投げようとした男をみつけライリーは突進する。まあ、人生の栄光と名誉は両立するかという問題。おもしろい皮肉なパンチライン

うしろを見るな ・・・ ニセ札つくりの片割れが警察と別のギャングの追及を免れて復讐しようとしている。そこまでの経緯もおもしろいけど、二人称で書いた物語がレベルを壊してしまうところがずっとおもしろい。これは最後に読むべきで、そうしないと別の短編を読みそこなうよ。


 もちろん作者の多彩な芸にまず酔うことになる。ここに収録されたのは、読者の現実世界と地続きの場所を舞台にしているので、カテゴリは「ミステリ」ということになる。せいぜい犯罪を扱っているから、くらいが共通点で、かならずしもミステリの作法に則っているわけではない。そこは、アイデア主体のショートショートの書き手だから、パンチラインに勝負をかけた作家の意地を見るべし。
 あと、サマリにも書いたように、いくつかの短編はアイリッシュの着想によく似ている。少し違うのは、アイリッシュは都会にこだわるが、ブラウンは田舎を書くこともあって場所のこだわりはない。アイリッシュは極限状況の心理を書くのに優れていて、ブラウンは心理よりも状況の奇妙さを書いている。こじつければそんな差異を見出せそうだが、それよりも1940年代のアメリカの読者が求めていたのがこういう短編だったことに注目するべきかな。もはやドイルやクイーンのような謎解きよりも(そういうのを二人とも書けるのだが)、難しいパズルよりも俺たちにちかいところでサスペンスを書けよ、みたいな。ボワロ&ナルスジャック「探偵小説」(文庫クセジュ)と同じ主張だな。ブラウンとアイリッシュは実作でそれを示す。

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