odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

アラン・バイエルヘン「ヒトラー政権と科学者たち」(岩波現代選書)-3

2015/12/14 アラン・バイエルヘン「ヒトラー政権と科学者たち」(岩波現代選書)-1
2015/12/15 アラン・バイエルヘン「ヒトラー政権と科学者たち」(岩波現代選書)-2 の続き


 政権や党に迎合したアーリア的物理学の主張はそれぞればらばらでまとまっていないが、一致点を見出すと、1)宇宙は有機的・非唯物論で、観察と実験が優位であり、研究者の人種的機能が研究内容に反映する、2)反ユダヤ主義によって広がった民族主義、である。19世紀のロマン主義を反映したすでに時代遅れの科学観。主張には内部矛盾があり(相対性理論に反発しながら、有機宇宙論を主張しようとすると、彼らの依拠するニュートンの静的な宇宙論を批判しないといけなくなるとか)、最新の物理学理論をフォローしていないので、政権や産業界の要請にこたえることができない。提案した科学者はいずれも第1次大戦後には科学者集団からは孤立していた。なかにはノーベル賞受賞者もいるが、総じて職や学会の扱いで不遇にされていると感じ、当時の最新理論に反発していた。アーリア的物理学者の主導者のなかには、1920年代においてもアインシュタイン相対性理論に反発していて、エーテル理論を信奉していたくらい。また第1次大戦後に生まれたワイマール共和制に反発していた。挫折とのけ者意識をもっていたと著者はいう。彼らの政治活動はルサンチマンに基づく個人的な欲求を満たすためだったのかもしれない(これは同時代のこの国の官制組織でも起きたことだ。普段商売で卑下していて鬱屈をためている小売業者や自営業者が隣組のような組織の長になり、権威的にふるまったという。彼らが自分を正当化する論理が、天皇の名を借りた形式論理)。
 彼らは、専門家職業研究者とは違い、政治的な活動を精力的に行った。あいにく彼らは、パトロンの選択を誤る。彼らのアーリア的物理学はナチスイデオロギーに一致するところが多かったが、1)ナチスは1933年の政権奪取以後、イデオロギー闘争をやめ官僚化していく(イデオロギーに忠実であろうとした突撃隊を粛清するとか、周辺諸国との外交で穏健であるとみせかけるとか)、2)ナチスは科学政策に関心を持たなかった。そのために、アーリア的物理学の集団はナチスから次第に排除される古参の幹部に擦り寄り、影響力をなくしていく。そのうえ戦時下で科学研究の要請が高まっていくとき、新規な開発を行いえないイデオロギー的科学は「戦争遂行上必要」の文字の前で敗北する。1940年代以降、彼らは職務を解任される。
 おもしろかったのは、アーリア的物理学者の一致点である有機宇宙論・人種的特性が研究内容に反映・民族主義などが、今日、いわゆる「トンデモ科学」を主張する自称研究者・研究団体に共通していること。彼らも、現代科学の唯物論的宇宙観・非思想性・民主主義などに反発している。そして有機的宇宙観・生命観を主張し、東洋思想とか仏教などの思想と科学の融合を主張し、理論よりも実験と観察の優位を主張している。人種差別を主張するところは自分は知らないが、かわりに研究者が徳と正義に関する修練を積むことを要求する。そのような宇宙観や研究者の徳義を主張したうえで、現代科学の成果に猛反発している。相対性理論からワクチン、月面着陸から人工地震、などなど。気になるのは、これらのトンデモ科学がロビー活動をして、議員に取り入っていることか。権力に近いものが同調していくと、トンデモ科学が政策に反映される。戦中間ドイツでもアーリア的物理学者は政治活動をして、政権に取り込まれたことを想起する。まあ、アーリア的物理学は実質的な研究成果をあげることができなかったので、官僚と党によって淘汰されたが、おぞましい人体実験や絶滅収容所の効率化に大いに貢献したのでもあった。