odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

ノーマン・スピンラッド「星々からの歌」(ハヤカワ文庫) 反科学・反資本主義・反権力の運動が夢みた地球外生命との交信可能性。

 数百年前の<大壊滅>(どうやら世界全面核戦争らしい)によって、地球は荒廃し、人類のほぼ9割以上が死滅。カリフォルニア周辺がどうやら生存環境を残している。およそ数百人程度のコミューンが点在していて、細々とした交易をしている。中には<スペイサー>と呼ばれる<大壊滅>以前の技術を保持し、若干の工業製品・エレクトロニクス製品を販売している部族もあるが、それらは「黒い科学」として忌避されている。人々の生活原理は直接民主制とインド思想のごときもの。風と太陽と水と土の掟を守り、<カルマ>に則ってエコロジー生活を送る。

 「1968年革命」の飛び火したところで、反科学・反資本主義・反権力の運動があって、彼らは都市のヒッピーであることからさらに先鋭化してコミューン活動に乗り出していった。そういう運動はSFにも影響を与えていて、上記のようなアフター・ハルマゲドンに彼らのコミューンが生き延びたという設定の小説がたくさんでた(と解説にあった)。手元にあるのを見直すと、ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫)、ヴォンダ・マッキンタイアー「夢の蛇」(サンリオSF文庫)、アーネスト・カレンバック「エコトピア・レポート」(創元推理文庫)などをみいだせる。ここでは政治的・思想的な主張が強く反映していて、しかも同時代の風俗や流行の描写があるから、それらになじめない人にはとっつきにくい。ここでも「水瓶座アクエリアス)の時代」、「マリファナ」、「ドラッグ」、「コミューン」、「イエロー・サブマリン」、「マクルーハン」、「カルマ」、「道(タオ)」、「ハプニング」、「エンタープライズ号(「スタートレック宇宙大作戦)」の)」、「メンドシーノ」などが登場。その言葉を見ただけで、「あの時代」の空気というか雰囲気というか、関連する出来事を想像・連想できないと小説のおもしろみは味わえない。
 過去の科学技術を保持するスペイサーは数百年かけてようやく宇宙船の複製に成功し、<大壊滅>以前に建造された宇宙ステーションに向かう計画を立てる。そのためにコミューンから排除されることを恐れ、最大のコミューン「アクエリア(ほらね、この命名からいくつもの連想を働かせないといけない)」で正義をつかさどる人を計画に巻き込もうとする。
 放置された宇宙ステーションには遠宇宙から送信された情報が残されていているという。それを解読すると地球外の知的生命との交信が可能になり、あわよくば絶滅寸損の地球人を救えるかもしれない。タイトルの「星々からの歌」はその情報がまずは音楽として聞こえたから、という設定のため。それに賛同した正義の人「クリア・ブルー・ルー」は「口の言葉」コミューンの住人「サンシャイン・スー」といっしょに宇宙に乗り出す。
 まあ、1980年版「2001年宇宙の旅」というわけかな。後半は、3人が乗った宇宙船がステーションとドッキングし、そこに散乱する情報を解読することが描かれる。面白いのは科学技術者であるスペイサーは記号の情報に熱中し、<カルマ>の人であるルーとスーは瞑想椅子に座ってダイレクトに地球外知的生命のバイブレーションと協調・同期しようというところ。まあ、チャネリングだ。そうして伝えられる宇宙的な気の流れの行く末のなんと寂しいこと。どうしてもエントロピーの法則には逆らえないからね。そのような「真理」を会得したのちに、彼らは地球に帰還する。自立したコミューン+直接民主主義に、科学知識の獲得で彼らに未来が夢が開けるよ、という次第。
 プロットは単純で、イメージもわかりやすい。コミカルな語り口も心地よい。ただ、この作品には1960年代の反乱やエコロジー、東洋思想への共感なしにはアプローチしにくいのではないかな。たとえば、地球外知的生命のもたらした情報は非常に役立つとしても、それは人間の知性では理解するのに1万年もかかると科学技術者が発言したりする。一方、<カルマ>の人はそんなことは問題ではなく、我々の<カルマ>は宇宙的な正義と一致しているので、心配することはないというような主張のところ。このあたりの主張に同意できる読者は限られそうだし、初出の1980年からさらに30年がたつともっと減少している可能性も。自分はというと、日本版初出直後の初読時には「風の谷のナウシカ」との類似性を見たりして面白く読んだが、2012年の再読では退屈しイラつくことが多かった。

<参考エントリー>
ロバート・ホールドストック「アースウィンド」(サンリオSF文庫)
ヴォンダ・マッキンタイア「脱出を待つ者」(サンリオSF文庫) 1975年
ヴォンダ・マッキンタイア「夢の蛇」(サンリオSF文庫)
アーネスト・カレンバック「エコトピア・レポート」(創元推理文庫)
ケイト・ウィルヘルム「鳥の歌いまは絶え」(サンリオSF文庫) 1976年
ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫) 1979年
マイクル・コニイ「ブロントメク!」(サンリオSF文庫)