odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

大江健三郎「ピンチランナー調書」(新潮文庫)-1

 プロットとストーリーが錯綜していて、読者はそうとうにこんがらがるのじゃないかな。この国の原子力政策と原発産業の利権をもっている「親方(パトロン)」である「大物A氏」が、敵対しているはずの左翼党派に資金援助して私的に核武装する陰謀をたくらんでいる。それを知った「おれ」と息子である「森」が市民運動の活動家と一緒に阻止しようとする。集まったのは左翼党派からははぐれ物扱いになっている者に、左翼的言動で耳目を集めるテレビタレントに、「大物A氏」への情報提供者などなど。「おれ」の元・妻は一方的に離婚したのち、ストーカーのごとく「おれ」の先回りをして邪魔をする。左翼党派の集会でスピーチする機会を得るものの盛大なブーイングと「ナンセンス」の野次を浴び(ここは三島由紀夫の自決前の演説風景だな)、襲撃を受けて重傷となった「大物A氏」の入院する病院に入り込み、快癒祈願の山車が燃え上がる祝祭の中、再び追われることになる。表層のストーリーはこんな感じ。出てくる人物が、当時の新左翼市民運動の活動家と、政治を裏から操る大物にその取り巻きたちと、読者の日常生活からはかけ離れた人たちばかり。

 書かれた1975年でみると、さまざまな意匠は昭和40年代の左翼の運動から右翼の暗躍のパロディであるのがよくわかっただろう。当時の読者には不要であったパロディ元は、その時代を多少は知っている初老が注釈をしたほうがよいだろう。
・戦前は軍の情報員、戦後は産業利権の多くを持ち、左翼運動に資金援助している「大物A氏」は、児玉誉士夫とか笹川良一あたりか。彼らと時の宰相田中角栄が関係したロッキード事件の捜査が進行中。
・左翼党派がaとbのふたつがあって、たがいに「ゴロツキ集団」と呼び合っているのは中核派革マル派だな。冒頭、a党派の集会で、スピーカーからベートーヴェン弦楽四重奏曲「セリオーソ(厳粛に)」が大音量で流れ、照明がフラッシュして、突然暗黒に。そこにb党派が襲撃をかける。それは、立花隆「中核と革マル」に書かれている、中核派の集会を革マル派が襲撃したときの様子にそっくり。
・核燃料を輸送するトラックが「ブリキマン(防護服を着た様子から)」に襲撃されるというのは、実際にあったことではないが、ユング原子力帝国」などで指摘されていたテロの恐怖の反映。府中市での三億円強奪事件も想起できる。
・「ヤマメ軍団」なる党派の武装集団が「渓流釣り地図」を使って所在を転々としながら、武装蜂起の準備をする目るというのは連合赤軍。「ヤマメ軍団」は集団を孤立させず、また内部の粛清も起こさない方法論をもっているとされる。
・敵対する党派の仲を取り持とうとする「志願仲裁人」は、浅間山荘事件で立てこもる赤軍派を説得しようとした民間人を想起させる。
・1960年の安保闘争で目立ったブントや全学連のトップが右翼から資金援助を受けていたという報道がこのころにあった。
などなど。たぶん当時は、このような現実とパロディとの対比に目が行っていたのではないかな。1972年の連合赤軍事件や三島事件を小説にする試みがめだつようになったのは、1980年代になってからで、この小説はそれよりも先。これらの同時代の事件や風俗に密着した分、この小説の見かけは古くなってしまった。21世紀の読者は、この小説の市民運動家や左翼運動家の行動や発言をそのまま受容できないのではないか。当時の気分と空気を知っている自分にしても、35年ぶりの再読はときどきあくびをかみ殺したよ。
 とりあえずの主人公である「おれ」に注目すれば、妻の造反によって家族が解体。警察と左翼党派に追われることになってなにもかも失った「おれ」が、徒手空拳のなか、協力してくれる異能のはぐれ物を集めて、共同体の危機をもたらす竜を退治し、聖杯を獲得しようとする物語だ。1975年現在の竜は敗戦から戦後の政治と経済を裏側から影響を与え利権を獲得しようとする「大物」であり、獲得したい聖杯は「核兵器」という物騒なもの。いずれのミッションを達成したとしても獲得できる「もの」はまるでなく、名誉も期待できない冒険。集まったはぐれ者も「おれ」とビジョンやミッションを共有しているわけではなく、いつでも「おれ」の期待を裏切るであろう。というわけで、これはあらかじめ敗北の決まっている冒険であるのだ。
 そこで、作家による同時代の批判を読むよりも、作家にしてはめずらしいスラップスティックコメディを楽しもう。襲撃された集会から逃げ出した先が高圧電流室で、そこで性交したから人生最高のオルガスムスを体験できたとか、襲撃にあった「志願仲裁人」が反撃のために入れ歯を手に持って相手の脛にかみついたとか、左翼党派広報担当との会話が漢文読み下し文で書かれるとか、「おれ」がいつも勃起しているとか、そういうところ。初出直後に「この小説はコメディ」「おれのライバルは大江健三郎」と書いた筒井康隆(「みだれ撃ち涜書ノート 」だったか「腹立ち半分日記」だったか)は先見の明があったなあ。

2016/01/20 大江健三郎「ピンチランナー調書」(新潮文庫)-2