odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

大泉康雄「「あさま山荘」篭城」(祥伝社文庫)

 連合赤軍の主要な幹部で、リンチ殺人を実行・命令する一方、妻をリンチで亡くし、あさま山荘事件を実行した人がいる。著者は「彼(事件の被告:本名は明かされているが、ここでは無名にしておく)」と小学生の時からの友人で、学生時代には彼の勧誘を受けもした。著者でないと入手できない資料(高校から大学にかけての著者宛の私信や関係者家族の証言など)があって参考になるが、「なぜ」はついにわからない。それは仕方がない。本人みずからにして、「なぜ」を記述することができていないから。その代わりに参考になりそうな倒錯や転向の痕跡を読み取ることになる。

 「彼」の経歴で注目するのは、高校から大学に入り、大学闘争に深入りし、連合赤軍に加入するまで。この経過がもっとも重要であるが、情報は少ない。それでも、いくつか注目するところがあって
・高校は日比谷高校という進学校で、東京大学をめざすが、二浪の末に東大進学をあきらめ横浜国立大学に入学する。バリケードストの最中であって、入学直後から運動にはいる。1968年の佐藤訪米阻止闘争のときには弁天橋にいた(学生が一人死亡した)。その後は、機動隊や警察と積極的に衝突する「肉体派」の活動家となる。
・その運動にはいるまでに、自殺を試み、家族と激論し、運動に参加しない学生を嫌悪する。笠井潔「テロルの現象学」にある自己観念の退廃のしるしである肉体・生活・民衆嫌悪が「彼」にある。たぶんこういうことだ。高校生のとき自宅から高校に通うというのは共同観念を共有すること。そこではいくつかの抑圧があっても、共同体(家族や高校や友人関係など)のしがらみとがあったり、自己の発見途中であるなどして、倒錯は起きていない。大学進学でひとり暮らしや自律を要求されるところから、共同観念と自己観念の対立が生じる。それまで所属していた共同体が拡大されて大学とか国家などの共同体が自己に関係してくるときに、それまでの自己観念に抑圧とか攻撃とかを感じるようになるのだろう。それによく抗しえない自己観念はより強い「自己」や観念を形成するために/さなかに肉体や生活や民衆などのそれまでの共同観念を忌避・嫌悪するようになる。
(この気分は自分の同年齢のころに起きたことと一緒なので、非常に共感する。大学とその授業、自律的な生活を求められる中で、肉体・生活・民衆の嫌悪が起きて行動になったのだった。酒やたばこをたしなむとかスピードを好むとか、規律や規則正しい生活をやめて勝手な時間に起きて寝るとか、講義や勉強に精出すほかの学生を馬鹿にするとか。共同観念とそれを共有するメンバーに反発したい気持ちが常にあった。そのときに権威や権力に抵抗する学生運動の「仲間」がいるコミューンは心地よい居場所に見え、実際にそのとおりだった。)
・「彼」の運動は実際の現場で挫折する。複数のきっかけがあって、ひとつは恋人の妊娠と堕胎。もうひとつは運動の現場での敗北(受傷することと逮捕拘留されること)。たぶん、これがバネになったのだと思う。そうしないと、連合赤軍に加盟する前に恋人から「私と革命のどっちが大事なの?」という問いに、「愛も重要だが今は革命のほうがもっと大事」と宣言する理由がわからない。愛の場である自己よりも、革命という観念のほうをより優先するという転倒が彼の中で起きているのだ。転倒は外部からの刺激への反応として起きているのではないか。観念の転倒は自生するのではなく、到来するのではないか。
連合赤軍の指導者である森恒夫は「最過激路線を提唱することで最高幹部に上り詰めた」とあるが、その背景には過去の運動で日和見であったり逃亡したりした経験があった。過去の自分の敗北や失敗や失点を挽回するために、より過激になった。ここらは、戦後共産党が復活したときに、戦前戦中に転向した共産党員にもみられたこと。転向の負い目をもつ人が戦後最も熱烈な共産党の運動家になり、本部の二転三転して一貫性のない指導に唯々諾々と従い、武装闘争を行ったのと同じ。自分の知り合いでも、ほかの学生が重い処分を受けたのに自分が処分されなったために新左翼の活動家になり逮捕された人がいる。信仰の確立に挫折したのに神秘体験をしてイエスを受けいれ殉教者になったパウロもそういうひとりになるかもしれない。)
(とはいえ、転倒が自生するのか、到来するのかは本人の中では区別されていないだろう。外から、振り返ってみたときにわかるのだろう。
・そこから「状況」に突き進んでいく。倒錯・転倒のさなかにある人は、倒錯・転倒していることを自覚できない倒錯や転倒の疑念は自己観念によってつぶされたり、組織の批判を浴びてしぼんでいく。外部との交通を遮断した秘密結社になると、反省・自己評価がなくなり、より純化した観念に覆われ、過激な運動を止めることができない。肉体・生活・民衆の嫌悪は、内部と外部へのテロリズムを実行する。
(ここも、この説明で十分かどうかはわからない。左翼過激派の、革命政権や軍事政権の、カルト宗教の、旧日本軍などの軍隊のテロルの「なぜ」、学校や企業や軍隊の被害者を自殺に追い込むいじめやハラスメントの「なぜ」はこれで説明できるのだろうか。)
・査問やリンチの凄惨な様子は書かれていない。途惑うのは「なぜ」そのような残虐な行為を行ったのか。とりわけ、同志である同じ集団のメンバーに対して。「彼」は妻に対して査問しリンチする立場であったので、「なぞ」の奥底は深い。本人の文章ではあきからにはされない。裁判所の判決、メディアの報道、関係者の意見などからは、1.指導者の性格に起因する、2.左翼組織特有の問題、3.日本的集団の性向、などが理由とされる。どれも当っているようで、当を得ていない。
(閉鎖、孤立した集団で熱狂のあげく、メンバーをリンチ、殺戮しあう事例はカルト宗団、ブラック企業、愚連隊などで多々ある。1と2と3の理由だけではそちらは説明できない。)
 査問、リンチが常習化したとき、「彼」は幹部からの追求を逃れ、リンチする行為に善悪を感じないようにするために、思考を停止し、幹部・執行部にすべての判断をまかせ、その通りに実行していく。それが「革命兵士」に自分を変えるための訓練であり、必要な通過儀礼であると思ったという。この心理の転倒は重要。ハラスメントの被害者がおうおうにしてとる態度。実行できないとき、失敗したときに、執行部の判断や指示が誤っているのではないかと考えないで、自分に責任や誤りがあると考え、さらに自分を追い込んでいく。まあ、「彼」はあさま山荘に籠城することになったとき、人質の縄をほどくよう執行部に提言するくらいの「自立」「自主」は残っていたのだが。
・裁判がリンチ虐殺とあさま山荘事件、それに関連する刑事事件として裁かれたので、主な焦点は殺人や強盗などに向かう。それは重要な論点ではある。一方で、組織の運動の見直しや反省が少ないのが気になる。この組織はこの国に革命をもたらすために、武装化とゲリラ活動、テロルを選択し、実行した。そのヴィジョンとミッションは、どのような成果をもたらしたか。それは惨憺たるもので、組織は壊滅し、「敵」にはダメージが生じず、支持者・支援者になるはずの人からそっぽを向かれ、憎悪されるようになった。ミッション、戦略、戦術に誤りがあったわけで、それは集団メンバーの意識改革程度では挽回できないほどの失策であるわけだ。成果とパフォーマンスに着目した運動の総括は、「武装革命」を掲げる新左翼諸派がするべきなのだろうけど、事件から20年間はまともな見直しはなかったように思う。今はどうなっているか知らないけど。
(「テロルはダメ」というのを人権擁護、殺人はだめというところから説明するのは大事だけど、このような成果とパーフォーマンスの評価で示すのも重要だとおもう。このとき、「テロル」の中には、集団のメンバーを洗脳してサービス残業をさせたり、ハラスメントして追い込んだりすることも含めてよいと思う。そうすると、カルト宗教からブラック企業までターゲットに含めることができる。)