odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「花髑髏」(角川文庫)

 作者が戦前に書いた通俗長編に短編。喀血以前の血気盛んなころの作。どこにも落ち着いたところはなくて、気ぜわしく物語を進め、とにかく楽しませようという心意気が心地よい。

白蝋変化 昭10.4-12 ・・・ 江戸からの老舗「べに屋」はお家断絶(?)の危機に瀕していた。一人娘・梨絵に親族の諸井慎介を娶らせたものの、慎介は花形ソプラノ・六条月代のことが忘れられない。結婚3年目にとうとう慎介は梨絵を殺害し、死刑を宣告される。そこで月代は慎介を脱獄させたものの、何の手違いか脱獄したのは白蝋三郎なる稀代の犯罪者にして女たらし。三郎の脱獄に驚いたのは月代ばかりでなく、三郎の古いなじみの花園千夜子もそうだった。何の因果か、千夜子は美少年を地下の牢獄に監禁し、毎夜責めるといううらやましい(もとい、おぞましい)趣味を持っていたのである。この事件を取り持つのは、慎介の従弟にして千夜子の情夫である鴨打博士・弁護士であった。さて、このややこしい関係が4分の1で明らかになったのちに、怒涛の展開が続く。とてもではないが、要約することなどできない。千夜子は殺され、美少年は脱走していくつもの変名を使って月代の周辺を伺い、白蝋三郎も美少年の後を追いかける。その結果、いくつもの死体が残され、誰も憐憫の情を示さないまま、次の事件に翻弄されるのであった。そこに登場するのは白髪の由利先生に三ツ木記者。キャラのたった登場人物をまえにするといささか探偵の影が薄いのも仕方ないか。
 雑誌連載ということもあって、とにかく毎号読者の眼を引き、読み継がれなければならない。そこにおいてはストーリーのつじつまがあわなくてもよいし、論理的な解決がなくてもかまわない。むしろ荒唐無稽であっても、読者の予想を裏切る派手な状況が作られるほうがよいのだ。そういう場所で書いた作品はもしかしたら乱歩の通俗長編以上に荒唐無稽で、ご都合主義のものであるといえるかもしれない。そんなことはどうでもいいや。200ページのこの中編を一気に読んで楽しんだのだから。
 それからここには、作者の隠微な欲望が隠れている。すなわち男色(俺にBLなどというナウい(死語)言葉は通用せんよ)に、男装に女装に、女たらしの篭絡である。大正から昭和の初期のハイカラでレトロな世界を好む耽美漫画家の諸君は、万難廃してこの書を手に入れ、漫画化すべし。


焙烙の刑 昭12.1 ・・・ 日東映画のスター桑野貝三は従妹・よしえの手紙を受け取って、銀座の喫茶店に急ぐ。よしえの夫で画家の瀬川が愚連隊(昭和初期にはこの言葉はなかったかな)に因縁をつけられて、金をもってこいというのだ。手紙の指示通りにすると、赤い布で囲まれた部屋で瀬川は全裸で縛られ、なにやら美少年の死体がある様子。しかし桑野はヘリオトープの匂いとともに失神する。さて、この芝居がかった事件の行く末は…。同時代に桑野通子(娘は桑野みゆき)という美人映画女優がいたなあ。
 小説とは関係ないが、桑野通子をみてください。1936年の清水宏監督「有りがたうさん」桑野は黒襟の女。
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花髑髏 昭12.6 ・・・ 由利先生のもとの殺人予告の手紙が舞い込む。いたずらは日常茶飯事とはいえ、胸騒ぎのする由利先生は三ツ木記者を誘って手紙の通りに予告現場にいくと、長持ちから血が滴っているのをみつけるわ、血に染まった髑髏をみつけるわ、次の殺害予告が舞い込むわ、白痴の青年が服毒自殺を遂げるわ(もちろんトリックによる殺人である)と、急展開。どうやら髑髏の主である殺人狂の子供が復讐を誓っているものらしい。昔の事件に関わった湯浅博士が危ない! 由利先生と三ツ木記者はまにあうか。


 後半ふたつは探偵小説ではない? いいんです。つじつまあわせのために目のこんだ描写をするより、勢いのある物語のほうが重要なのだから。親の因果が子に報い、暴君のわがままは子の復讐を呼び、不正の主は正義でもって罰せられなければならない、そんな要求にこたえる作者の筆の冴え。この時代、無声映画の黄金時代か。日東映画(日本活動と東京映画の合体名だな)のスター・桑野の垢抜けた姿をだれに投影しようか。とりあえず上原謙(若いころだ、もちろん)を思い浮かべながら読んでみた。
 乱歩の通俗長編との違いは、正義のヒーロー像にあるのか。モダンでダンディな小市民の明智小五郎および元気はつらつな小林少年と、引退した元刑事の由利先生およびサラリーマンの三ツ木新聞記者では圧倒的に前者が魅力的。それに、由利先生は女性に無縁でラブロマンスが生まれないからね。残念!