odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

横溝正史「真珠郎」(角川文庫)

 戦前の作品を集めたもの。結核も癒えて、創作欲が高まったのか、自分の書きたいスタイルを見つけたのか、筆が踊っていてとても面白い。

真珠郎 ・・・ 真珠郎を初めて見たのは、深夜。草色の洋服を着て、全身をずぶぬれにしている。周囲には蛍が乱舞し、真珠郎はときにその蛍を口にする。絶世の美少年のなんと凄愴な美。
 信州のN峠の近くには、町にあった楼閣を移設した屋敷がある。そこには鵜藤という中年の元医師と由美という美少女が住んでいる。そこで上記のような真珠郎という美少年を見たのだった。家には楼座敷のような施設もあり、どうも人が住んでいるらしい。しかし鵜藤氏は頑強にそれを否定する。湖でボートで遊ぶある日、浅間山が噴火した。溶岩が飛び、地震で波立つ中、屋敷を間借りしている椎名耕作はボート越しに、鵜藤氏が真珠郎によって殺害されるのを目撃した。ようやく屋敷に戻っても鵜藤氏の死体は発見されない。由美の手引きで、湖から通じる鍾乳洞を捜索する。すると、そこより先にはだれも言ったことのない島で真珠郎と死体を発見する。鵜藤の死体には首がなかった。
 さて、由美は椎名と同伴する乙骨と結婚することになり、吉祥寺に居を構えた。由美を愛するようになった椎名は行き渋っているが乙骨に無理やり家に連れてこられる。初めて痛飲したその夜、鉄格子や固い扉で閉鎖された書斎の向こうの夫婦の寝室でものすごい音。そして断末魔の声。翌朝、由美の首なし死体が発見される。
 ここまでに明らかになるのは鵜藤氏が奇妙な人体実験を行っていること。白痴の女と犯罪者の男に子供を産ませ、牢座敷に閉じ込めたまま育て、悪を体現するものすごいモンスターを生み出そうとしたのだ。それは、サディストである鵜藤氏を禁治産者にした世間への復讐。そして生まれたのが、真珠郎。
 昭和11年(1936年)11月号から翌年2月号まで「新青年」に連載されたというから、「夜光虫」と同時期。むこうのは都市を暗躍する美少年であったが、こちらは作者が結核療養先とした信州の風景が描かれる。ここの描写が非常によくて、この国の古い怪奇小説を彷彿させるのだ。そこに、マッドサイエンティストの深い情念がこもり、男と女の愛情があり、同性同士の確執があり、と通俗的な文体ではあるものの、そこに流れる心理は情理をつくしている。成功の要因は登場人数を減らしたことで、追跡劇や奇妙な人物の奇妙な振る舞いという面白さは減退した分、いずれも個性的な人物の心理をしっかりと描けた。そして、彼らの振る舞いがひとつの図にぴったりとあてはまるような謎解きをしたこと。この仕掛けは小説の見かけとは違って現代的な書き方。
 探偵役は由利先生。こちらでは捜査の主人公にはならず、記録者・椎名の前に現れる得体のしれないが心持ちの良い中年男なので、探偵の稚拙さは隠されている。事件の全体を把握できない愚鈍な青年の視点で書かれるので、彼の恐怖や不安がそのまま読者の恐怖や不安になるという仕掛け。「八つ墓村」と同じ書き方。
 ラストシーンはそれこそ「八つ墓村」を先取りしたものであって、この悲しくもはかない感情が鍾乳洞の川からさらに奥に流れていくときに、読者はそれこそ浄瑠璃か能のようなこの国特有の感情に深くとらわれるのである。作者の戦前の通俗長編(といっても230ページ足らず)の最高峰。

孔雀屏風 ・・・ 戦地に赴いた親友の依頼は不思議なものだった。家にある屏風と同じポーズの写真を見つけたので、その主を探してくれ、そうすると失われたもう一対の屏風の謎も解けるに違いない。そこで新聞社を通じて相手を見つけると、早速持ち主がわかった。しかも仔細があるらしく、すぐに現れ、屏風を譲れという。断りを入れると、数日後に賊が押し入り、一人が殺されていた。百数十年前、西洋画がこの国に伝わったころというので、1800年ころか。道ならぬ恋に陥った娘とそれを助ける画家の奇数な運命。そして隠された財宝の謎。先祖の因縁が現在に通じ、現在戦地で病気療養中の親友には夢に何度もみた美人が嫁になるという。ページ数が少ないところに趣向を押し込みすぎて、物語が骨ばってしまった。もったいない。300枚くらいの枚数を与えたかったが、昭和15年という時代ではその余裕はない。最後の国策に則るような結末のつけ方は苦笑しながらも、たとえば黒岩涙香「幽霊塔」を彷彿させるところがあった。


 純然たる探偵小説というよりは、怪奇小説ないし伝奇小説にミステリ風味をまぶしたもの。たぶんこのスタイルが彼に最も合っていて、しかも時代の要求と一致していたのだろうな。素晴らしいのひとこと。ついでに性的倒錯趣味があるので、やはり同士のみなさんは万難を排して入手し、妄想を展開していただきたく。