アモリー家に伝わる由緒ある屋敷、ローン・アベイ館。一族ゆかりの屋敷を下見に来たテレンスは、屋敷の時計塔で謎の美女コンスエロと出会う。婚約者ポーラよりもコンスエロの美しさに惹かれるテレンス。だが、それは次々と起こる奇怪な出来事の幕開けだった…。黒岩涙香が翻案し、その後、江戸川乱歩がリライトした傑作『幽霊塔』の原作をついに邦訳。
灰色の女 | 論創社
長生きをするものだ。「幽霊塔」の原作を邦訳で読むことができるなんて。江戸川乱歩や横溝正史、小栗虫太郎あたりに読ませたかったなあ。とはいえ、この本は読者を限定するものであって、江戸川乱歩「幽霊塔」→黒岩涙香「幽霊塔」→ディケンズ「エドウィン・ドールドの謎」→コリンズ「月長石」「白衣の女」→ウォルポール「オトラント城」あたりを読んでいないとこの本の面白さを了解するのはなかなか難しいのではないか、19世紀の展開がゆっくりした小説を読みなれていないと読み進めるのはつらいかな、と思う。ハードルが高すぎる?
おおきく二つの物語が同時進行する。ひとつはアベイ館にまつわる謎解き(アベイの呪文という暗号の謎、7年前の老婆殺し、物語途中の複数の殺人事件、ホープ嬢とはだれか)にまつわるもの。これがゴシックロマンスとミステリの衣装をまとって展開される。この物語はなかなか複雑。これまでの「エドウィン・ドールド」「月長石」「カラマーゾフ」「ルコック探偵」に比べると、テンポは速く、人物が多彩かつキャラクターがたっていて、舞台の移動も多い。このあたり、小説のテクニックが19世紀末に大いに進んだことを示しているように思う。もうひとつの物語は、主人公テレンスとホープ嬢、ポーラの三角関係とロマンスの物語。ボーイ・ミーツ・ガール、そして嫉妬、ライバルの出現、苦難、冒険そして恋の成就。見事なくらいにロマンスの大道を行く展開。(ミステリに恋愛をくっつけたのは、乱歩によると、ベントリー「トレント最後の事件」が初めてとのことだが、「灰色の女」はほぼ全編が恋愛だぞ。)
アベイ館の時計塔は、涙香や乱歩のものとは違っていた。秘密の通路にはいる仕掛けは同じ。そのあと、涙香や乱歩では迷路になっているのだが、アベイ館は一本の道。テレンスの住む部屋(かつて老婆殺しのあった部屋)と時計の内部装置をおさめた部屋の間に秘密の部屋があるという設定。ただ、日の射さない暗闇をカンテラだけで移動することになるので、恐怖はつのる。
登場人物表。ウィリアムソン「灰色の女」は、明治と昭和に黒岩涙香、江戸川乱歩によって翻案された。舞台や人名を変えているので、その異同をみておこう。
涙香や乱歩では、人物の造形をいっそうおどろおどろしいものにしていて(リアリズムを放棄して戯画化した人物になっている。とくにポーラ:ホープ嬢の恋のライバル、ゴードン弁護士:テレンスの恋のライバル、ラペル医師:謎の医者など)、さらに設定をまがまがしくしている(蜘蛛農園や上記の時計塔など)。ゴシックロマンスの末裔であるこの小説のゴシック部分をさらに強化して、物語の面白さを強化した。3冊を読み比べると、やはり涙香作のが素晴らしい。
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黒岩涙香「幽霊塔」→ https://amzn.to/3SVqUd4 https://amzn.to/3T7K7JO https://amzn.to/3uH8aWo
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wikiによると、ゲーテ「ファウスト」には「灰色の女」というのが登場する。彼女は「憂い」を人格化した存在。ファウストは灰色の女によって失明させられる。これを考慮すると、ウィリアムソンは「灰色の女」のヒロインを造形するときに、ファウストを参照したのではないか。と思いつきを記しておく。
9年後に再読した時の感想が以下。
2018/02/16 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-2 1899年 1899年
2018/02/15 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-3 1899年
2018/02/13 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ 1899年
というわけで、「灰色の女」とその変奏である「幽霊塔」3冊を読了。
黒岩涙香「明治探偵冒険小説集1」(ちくま文庫)
江戸川乱歩「幽霊塔」(創元推理文庫)
<追記 2020/8/1>
「灰色の服」は、19世紀末にイギリスでよく知られていた幽霊の衣装だったようだ。
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