odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「刺青された男」(角川文庫)

 昭和21-22年(西暦よりもこちらのほうがふさわしい。1946−47年)に書かれた短編をまとめたもの。表紙の男装の麗人と巨魁は「刺青された男」の重要登場人物。

「神楽太夫」(1946.03) ・・・ 岡山に避難している探偵小説家、山の中で道に迷い、世捨て人に出会う。その人のいうことには、昔、神楽の得意な村人が各地の祭りや庄屋さんなどにお呼ばれすることがあった。あるとき、漫才担当の二人が舞台でいさかいを起こす。なにやら女をめぐる争いだったらしい。隣村に行く途中でその二人が行方不明になる。探しにいった仲間にも見つからない。翌日、顔をつぶされた死体がみつかった。探偵小説家は推理をめぐらす。でも真相はもっと別のところにあって、「顔のない死体」のバリエーションを開発。

「靨」(1946.04) ・・・ タイトルは「えくぼ」と読む。ひなびた湯治場を訪れた男に、旅館の女将が10年前の因縁話を告げる。すなわち、ある夫婦の経営する旅館に画家が訪れる。夫は画家に姪の肖像画を依頼し、自分は仕事で1か月ほど留守になる。夫が帰宅した次の夜、あわてて夜中に飛び出した夫は待ち合わせの相手に殺された。しかし犯人と目された男は、夫の殺害より前に死んでいたことがわかる。さて、何が起きたのでしょう。旅館は箕浦で、「私」は諸井と名乗り、ふむ、「孤島の鬼」ですか(しまった「孤島の鬼」は諸戸でした、テヘ)。

「刺青された男」(1946.04) ・・・ 絶対にシャツを脱がない船員、その男が「私」の前に現れたのは昭和12年に船医をしているときだった。それから5年後、インドネシアの山中で「シャツを脱がない男」を見出す。その男の告白。そしてもうひとつの驚愕の真実。でも、書き方が古いなあ。3部構成で話者も視点も異なる。ひとつの場所で二人の会話にする書き方が可能ではないかな。

「明治の殺人」(1946.07) ・・・ 事件が起きたのは明治20年で、それから20年後のことだから、半分時代小説ともいえるような話。時勢に乗り遅れた鬱屈した青年が熱血記者となり政府を糾弾。弾圧にあったので海外に逃亡するつもりで、敵を鹿鳴館のまえで射殺する。それから20年、娘が結婚相手に選んだのは射殺した敵の息子! いったいこの結婚を許せるのか。探偵小説というより、伝奇小説。

「蝋の首」(1946.08) ・・・ 田舎の西洋館が焼け、白骨が二つ見つかった。ありきたりの火事かと思えたが、証言を合わせると殺人事件らしい。そこで新しい捜査法である頭蓋骨を肉付けして顔を復元することになった。「アリエネー」な伝奇小説的真相。

「かめれおん」(1946.08) ・・・ 行き止まりの路地の奥に2件の家がある。一番奥は淫蕩な女。その手前は「私」。さて、ある男が路地に入る前の電話の前に立っていた。3人の色の異なるレインコートを着た男が出入りすると、奥の女は殺され、一人の男が首を吊っていた。素人の推理比べを書簡で披露する。

「探偵小説」(1946.10) ・・・ 吹雪で駅に足止めを食った推理小説家とその知り合いたち、現実の事件を脚色して探偵小説を作ろうとする。最初は現実の事件の説明、そのあとは犯人を決めて、「完全犯罪」の模様と、足の付く伏線をつくっていく。ここらの探偵小説ファンの会話が秀逸。結末のつけ方に困っているところに、待合室に先にいた男が会話に加わる。雪とか偽装された遺言とか鉄道などの小道具も面白いし、会話の中のフィクションが現実と重なっていく仕掛けも素晴らしい。異色の作。ケメルマン「九マイルは遠すぎる」を思わせる、ところがある、かも。

「花粉」(1946.10) ・・・ もとは放送用台本とのこと。ある洋館のそばで女性の死体がみつかる。その模様を目撃していた酔っぱらいの証言で夫が逮捕される。そこにある活発な奥さんが素人探偵になって事件を解決する。ここで問題になるのは、犯人を指摘することによって犯人に自死させること。それは正義であるのか(というのは主題ではないけど)。

「アトリエの殺人」(1948.10) ・・・ 不遇な画家と不遇な女優。そこに資産家が現れ、彼らのパトロンとなる。しかし戦争で画家はニューギニアに、資産家は朝鮮にいく。敗戦後、女優は資産家と結婚した。ある夜、画家がアトリエで殺された。手がかりは死体の上に散乱するガラスの破片(電球のかけら)。「鬼火」に似た愛憎関係。アトリエはこの作家の大好きな死体製造場所。

「女写真師」(1946.10) ・・・ 不眠症にかかった男がビルの屋上から隣の写真館をみると、セミヌードを撮影している。夜ごと楽しんでいるうちに、モデルの元女優が殺された。カーの「死時計」で天窓から殺人現場を覗くシーンが気に入ったということで作った一編とのこと。あれ、「死時計」のそのシーンは全然自分の胸をとらえなかったのだが。プロの目はすごい。


 昔ながらの探偵小説。本格探偵小説のスタイルの試行錯誤の時期のものといえるだろう。とはいえ、戦後の著者は長編作家であって、短編はうまくない(「金田一耕助の冒険」などをも読んでの感想)。戦前の耽美趣味を除いてしまうと、古風な短編になってしまうということか。
 唯一の傑作は「探偵小説」。この評価は自分だけではなくて、九鬼紫郎と同じ。「探偵小説百科」(金園社)で戦前作家には代表作のサマリーをつけているのだが、横溝正史で選んだのはこれ(小栗虫太郎は「白蟻」で、江戸川乱歩は「押絵と旅する男」で、大阪圭吉は「三狂人」で、木々高太郎は「文学少女」で、久生十蘭が「ハムレット」という具合)。