odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

開高健「オーパ」(集英社文庫) 1978年のブラジル大名釣り旅行。

 ブラジルがこの国の人々に注目を浴びるようになったのは、バブル時代に多くのブラジル人が出稼ぎに来たことと、スポーツの活躍(1990年代半ばに日本人格闘家がブラジル人格闘家に惨敗したのと、1996年アトランタオリンピックで日本のサッカーチームがブラジルに勝ったことがとりわけ)でだった。この本はその前の1978年刊行。その前年にアマゾンに行き、2カ月かけて釣りをした記録。単行本はA4サイズの大きなもので、オフセットの写真が美しかった。版の小さい文庫では、見る楽しみが少し損なわれている。
 章のタイトルは、海外の名作小説の借用。初出時当時にはたいてい入手可能だったので、説明不要でわかったが、21世紀の読者のためにおせっかいをしておく。書斎の旅人にはこういう情報があった方が楽しい。

神の小さな土地(コールドウェル) ・・・ アマゾンに到着するまで。

死はわが職業(ロベール・メルル) ・・・ P.D. ジェイムズに「わが職業は死」があって、そちらかと思っていた。メルルはまるで知らない作家。ピラニアについて。

八月の光(フォークナー) ・・・ トクナレ、その他の魚について。怠け者(でも儲けとは無関心な超俗的なありかた)の漁師について。

心は淋しき狩人(マッカラーズ) ・・・ 邦訳タイトルは「心は孤独な狩人」。ピラルクーについて。アマゾンの漁師の業について。

河を渡って木立の中へ(ヘミングウェイ) ・・・ 上流のマット・グロッソ州へ。ダイヤモンドの露天掘り。

水と原生林のはざまで(シュヴァイツァー) ・・・ ボリビア国境近くで釣るドラドについて。

タイム・マシンH.G.ウェルズ) ・・・ 人工都市ブラジリアについて。長さ2mのミミズについて。

愉しみと日々(プルースト) ・・・ 福武及び岩波文庫では「楽しみと日々」。ブラジルを舌と鼻で味わう。


 この本でピラーニャ、アロワナ、ピラルクーの生きた情報が入ってきた。まあ、ピラーニャが危険というのは知っていても、口と牙で三枚におろせるとか、ドラドの跳躍とか、アロワナの巨大さはこの本と写真のおかげでわかった。でも、10年後のバブル期にはどれも観賞用に輸入されて、現地にいかずともアクアリストは自宅で買えるようになったのだがね(たがみよしひさ「NERVOUS BREAKDOWN」あたり)。そのうえに、アマゾンのような「秘境」「奥地」ですら、開発と称する破壊が進行中であった。このテーマは「私の釣魚大全」から「もっと遠く、もっと広く」まで繰り返し語られる。ようやく先進国が重い腰をあげたのは1980年代から。経済成長よりもエコが優先されるという考えが共通理解になったのはそれほど古いことではない。
 この旅の時、作者は47歳だった。初読の時は自分より年上の大人の物語と読み、今度は自分より年下の比較的若者の物語と読んだ。テキストと写真は変わらないのに、こちらはどんどん変わってしまう。若者らしいと思ったのは、同行のスタッフとディスコを付き合ったとき。15歳の女の子とパートナーにして踊りまくる。若々しいなあ、と思いながら、同時に「空に照明弾が漂っていず、銃声も聞こえず、トイレに豚が寝ていず、道路わきの溝に死体が転がっていないのでそのまま旅館へひきあげてしまった(P194)」と書く。この痛々しさ、皮膚感覚。
 あとがきにあたる蛇足で、ブラジルの日本移民のことはあえて除外したと書いている。この国では明治の終わりから昭和の頭ごろまでと、1950年代に多くの人々がブラジルに渡った。そこにはいろいろと物語があり、特に辛酸があるわけだが、数日の滞在と聞き取りでは全体をつかむことができない。「うかつな同情はかえって蔑視につながる」「同情にはつねに軽視が含まれる」が理由である。見識である。

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