2017/07/21 都筑道夫「神州魔法陣 上巻」(時代小説文庫)-1 1978年
京が事件の焦点であり、そこにいるはずの若侍と会うことが必須の事項、しかしながら死の可能性も高まっている。事件を知るのは彼らのみとなると、旅に出ざるを得ない。徒歩の旅では道中さまざまな人物と出会い、瞬時に敵か味方を判別し、降りかかる火の粉をよけねばならない。この緊張した時間はおのずと修練にもなり、自己の使命に目覚める変容の旅でもある。
五十三次しのび独楽
闇つぶて神奈川宿 ・・・ おかめの面の侍・額田新兵衛に頼まれたという浪人ものが端午を斬ろうとする。しかし巳之吉らに囲まれ、不意に仲間になろうといいだす。その浪人・岩藤三九郎と神奈川宿に泊まると、深夜野犬が襲い、おかめの面の侍にお近が拉致されそうになる。
大磯なみだ雨 ・・・ 右腕を切ってくれと渡世人が頼んできた。女を親分に盗られたので、さしの勝負をしたいがこの腕があってはうけまいというのだ。端午と三九郎は腕を斬る代わりに後見役になって賭場にでむいた。賽の目勝負の描写はうまいねえ。惚れた男の弱みと捨てられた女の心変わり。旅の道連れにお近になじむ白犬が加わる。
箱根裏街道 ・・・ 韋駄天お絹に似た女が旅に出ているということで、その旗本一族と同じ宿をとる。深夜、旗本の部屋に押し込みが入り、赤ん坊が誘拐された。背中に痣のある女をみた端午、一夜を共に過ごしたのち、旗本の後追い、芦ノ湖につくが逆襲にあう。小鼠の次郎の顔を見て、お近は忍びで名を残すと予言。次郎、喜んで改名するに「鼠小僧治郎吉」。いよっ、と大向こうをうならせる。
三島女郎衆死化粧 ・・・ 湖に落とされた端午は江戸から追ってきた菊之助(通称「弁天の菊」!)に助けられる。菊はお吉でもあって、背中に痣を持っているのだった。行方を捜す巳之吉たちも端午と会うことができた。宿を出ると、呆けた女が足も地につかずに歩いている。
人穴地獄 ・・・ 女を救ったもののそのまま行方不明になる。同じく行方不明になった飯盛り女が20人ほど。ここで二手に分かれ、端午と三九郎は女の行方を捜しに、巳之吉以下は京に急行することにした。端午は山中の狼の巣で、裸の女が狼とともに風穴にいる風魔の衆を殺戮し、赤ん坊を連れ去るのを見る。端午は風魔に加勢し、夕霧という姫を助ける。その直後、狼や女に襲われる。白髪の老人の世話で命を救われる。この老人の語る驚愕の真実。前半の怪異があきらかに。すなわち、この老人が死んだ平賀源内に命を授け、源内は黒魔術のみを手に入れて、いずこかに姿を消す。衰亡しつつある風魔の衆に未来予知を与えると、「箱根裏街道」で旗本の赤ん坊を拉致したのであった。老人は端午に死人を倒す方法を授けることにする。(以上上巻)
滝壷苦行道 ・・・ 白髪の老人の下で端午は剣技を磨く。風魔の六郎と決闘。巳之吉らは出立したが、途中ニセの端午にまどわかされ、額田新兵衛の罠にはまる。
雨ふりしぶく大井川 ・・・ 命からがら罠を抜けた巳之吉らに端午が追い付く。大井川が川止めになり、賭場がたつというので端午が出かけると、「大磯なみだ雨」の渡世人と弁天の菊がいた。額田新兵衛が賭場にあらわれ、端午の命と自分の頭巾をかけて勝負しようといいだす。弁天の菊が賽を振り、額田の顔があらわになる。
川どめ箕の目ぎやまんの目 ・・・ 額田の急所を斬ったはずだが倒れない。金五郎と弁天お菊の助けで撃退できたが行方知れずに。お絹と夫が子供と一緒に姿を消し、川止めの大井川を渡ろうとしている。巳之吉らに探させるとなぜか端午は三九郎と二人きりになる。また同宿の冬木周馬が実は風魔の夕霧であった。だんだん物語が加速してきた。
鳴りひびく無間の鐘 ・・・ お絹と子供がおぼれたという噂があって、端午と巳之吉は墓堀に行く。墓には先客、夕霧がいて、墓からは源内が出てきた。無間の鐘をきくと無間地獄に落ちると脅し、死人と黒装束が二人を襲うのにまかせる。這う這うの体で追い払い、浜松に行くと、そこで一日で腹が大きくなって赤ん坊を生んだという話を聞く。それをした夕霧、子供を端午と分け合おうと持ち出した。端午の本姓は高力であり、尋ねた友人は平手策之進(息子は平手造酒)という。
姫街道まつしぐら ・・・ 端午と次郎、夕霧は浜名湖を渡るが途中で怪異にあう。端午の正体が明かされる。巳之吉とお近は裏街道で飛脚めいたものに化かされる。そのうえ介護してくれた農家でたぶらかされ、お近が拉致される。
ぐらや承塵気楼 ・・・ 浜松から追いかけてきた平手策之進が「源内にも一理あり」と端午の説得にかかる。ついに剣を抜き、操られた平手策之進と切り殺してしまう。巳之吉らが追い付き、お近を探しにいくが、庄野の裸祭の喧騒に巻き込まれる。源内に三九郎の幻術、さらに冴え、端午一行は惑わされてばかり。
江戸編から東海道編の真ん中あたりまでは、細工師で独楽使いで大泥棒の巳之吉が主人公かとおもっていたら、内藤端午が主人公なのであった。旗本の次男坊で家を継げず、閑職に回されて腐っていたのである。そこに天下一大事をすくう密命が来て、実際に危機にあうことにより、自分の使命を見出したのであった。他人に与えられたのではなく、自ら選び取ったものであるからこそ、くじけないのであり、困難によく耐えられるのであった。それまでの人生で獲得した剣技も不十分であることを痛切に思い知らされ、滝に打たれながらの修行に没頭する。これこそ誕生のメタファーであり、自己転生を果たした後には、おのずとリーダーになるのであった。
とまあ、こういう話が進む。そこに巳之吉とお近のロマンスがあり、小鼠の次郎の悪漢成長があり、夕霧ら風魔一族の忍術アクションがあり、金五郎や菊之助の賭博のサスペンスがあり、白と赤と次郎らの動物交流があり、とサブキャラクターにもそれぞれの人生をかけた物語が幾重にも重なっている。誰にフォーカスしても発見があるのであって、ページを閉じた後にも、物語を反芻する楽しみがある。
2017/07/19 都筑道夫「神州魔法陣 下巻」(時代小説文庫) 1978年