odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

久生十蘭「平賀源内捕物帳」(朝日文庫) とても良い文章と巧みな構成の小説を読んでいるのに、余韻を残さない作風で妙に心に残らない。

 講談倶楽部に1940年1月から8月まで連載された捕物帳。書かれた時期は「顎十郎捕物帳」と重なっている。
 平賀源内は名前は知られているわりになにをしたかはよくわからない男。博物学者で洋学者で洋画家で、コピーライターで戯作者(横田順弥「日本SF古典集成 2」ハヤカワ文庫に源内の戯作の現代語訳が収録されていた。どんな話だったかなあ)で、実業家で塾長で・・・。今ではプロデューサーとしての源内が注目されているのかな。こういう多才な人物はめったに見かけないので、よくフィクションに登場する(NHKドラマ「天下御免」の主人公。山口崇林隆三中野良子のコンビ。ビデオがほとんど残っていないんだよなあ)。

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都筑道夫「神州魔法陣」では、死後30年目によみがえった平賀源内が京を焼き尽くそうとする悪役になる。

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萩寺の女 ・・・ 源内櫛をつけ、役者・路考の考案した髷を結い、路考風の着物を着た娘ばかりが3人も殺された。脳天から後頭部へ抜ける傷をいったいどうやってつけたものか。それに雪の翌日というのに死体の周辺には足跡もない。自分の商売に差支えが出ると脅されて、源内先生、捕物に乗り出す。源内先生初登場で、紹介にページをずいぶん使う。どうも名探偵の風格はなさそうで、自分には泥鰌髭をつけた貧相な三角顔が浮かんできて困った。でっぷりと小太りでいかり肩という粋で涼やかというには程遠い風体描写だし、言葉使いが漢方医みたいなのもあわさって。

牡丹亭 ・・・ 獄中でそろそろ打首、獄門にでもなるかという大犯罪人がつぎつぎと死ぬという事件が起きていて、伝兵衛は源内先生の知恵を借りたい。今年の本草学会の準備に追われている先生はきもそぞろ。しかしとある古本屋の軒先で、本邦にはない植物の写生絵を見つけて、大騒ぎ。画家を調べ、話を聞いて、牡丹亭なる薬園を見つけた。奇妙なことに、そこには七日前に死んだ娘が生き返っている。大悪党の潔い最後が探偵小説的なカタルシスをもたらす一品。本草学会に集まった面子には杉田玄白前野良沢青木昆陽の名がみえる。

稲妻草紙 ・・・ 婆羅門密教の秘術の系統を継ぐ幻術使いの女・お紋。もともと悪性だったのが、この術を手にしてから、ゆすりをするわ、蔵から金を盗るわと悪行三昧。とうとうひっ捕らえたが、伝兵衛は気が晴れない。両国でちょうどお紋の半生が芝居にかかっているが、主役はお紋に瓜二つ。源内先生に尋ねると、この芝居はわしの書いたもので、主役はわしの台詞をすっとばすわとおかんむり。伝兵衛必死に知恵を凝らす。

象の腹(山王祭の大像とも) ・・・ 江戸の山王祭。麹町の山車は珍しい印度象。木枠に和紙を貼り付け膠で固めて漆で仕上げるという豪勢なもの。6軒もあるという巨大なもので、男4人がそれぞれの足になって練り歩く。さて、その年、子供が叫んだ。象が血を流している。そこで筵旗で囲んで、中を開けると清元の師匠・里春が胸を刺されて殺されていた。男たちが練り歩く間、里春は気丈に声をかけていたというのに。足になった男には里春と結婚する大店の息子や里春のヒモのような放蕩物もいる。不可能な事件に、容疑者の思惑、思わぬ証拠に、意外な解決、とミステリーのお手本のような一編。

長崎物語 ・・・ 7月15日の夜、ある娘が水浴中に殺された。虫の息でいうには、下手人は陳東海。同じ日、同じ刻限、大阪で大店の跡継ぎが同じく刺殺された。残された手紙には下手人は陳東海と書いてある。同じ日、同じ刻限、長崎で別の娘が視察された。虫の息で下手人は陳東海という。陳は双子ではないのに、どうやって犯罪を犯すことができたのか。なんともスケールの大きい謎。でも解決はしゅるるとしぼんだ現実味のありそうな手妻。

風見鶏 ・・・ 前作で伝兵衛も長崎に呼ばれ、そこで事件にあう。ひとつは、隠れキリシタンのなかにびるぜん尼が「昇天」という儀式で人望を集めていた。死んでは三日後に復活し、天国の様子を語るのだという。ひとつは抜け荷が頻繁に起こり、長崎の街では密貿易品がおおっぴらに売られているのだ。源内先生と伝兵衛は、尼の儀式の行われる教会にある風見鳥に目をつける。同じものが長崎奉行所にもあるのだ。というわけで、あとは山深い人跡まれな崖に珍しいバラが植えてあるのと、落石で命を落としそうになった話がからみあっていく。

三人姉妹 ・・・ 札差・利倉屋の主人が別室で殺された。その直前に訪れたのは旗本・新島であるが、新島は自分ではないという。そして虫の息の主人も長年の友人に耳打ちされたときに、自分の証言を撤回した。葬式をあげると、だれも来ない。調べると、主人は酷い高利で金を貸し、何人も自殺に追い込んだという非道な商人。かいがいしくも涙にくれるお菊にお園、そして目明し・伝兵衛の姪・お才が謎を解く。

預り姫 ・・・ 田沼の悪政に怒り心頭の水戸天誅組が爆裂弾を制作し、江戸に侵入したという情報を入手した。おりしも田沼の屋敷では不審事件が起きていて、源内先生に出馬が要請される。腰元ばかりの女人の屋敷には入れないというわけで、お才が代行することになった。茶室で休んでいる最中、突如、田沼が腹痛を訴え、同席していた旗本もはいずりながら毒消しを探しに行く。確かな医者を呼べと命じたにもかかわらず、なかなかひとはこない。ようやく追いついた源内先生、様子のおかしさに不審を覚える。ここではお才がなんとも行動的で、ほかのすべての登場人物をくってしまった。源内先生、ここではいいところなし。探偵小説よりも時代劇で活劇だな。

 

 すごいよなあ、華麗な言葉がまって、江戸時代の渋いが妙にめにつく色彩が奔流しているような豪華な景色が見えてくるよう。視覚の涅槃。古い言葉を使って、ここまで見事なヴィジョンをみせてくれることに驚き。
 とはいえ、とてもよい小説を読んでいるのに、妙に心に残らなくてねえ。たぶん事件を説明する探偵の長口舌が足りないからなのだろうなあ。ブラウン神父だと、事件に関係あるような心理の彩とか神学めいた抽象的な議論を読めて楽しめたのだけど。たぶん、それは野暮というんだ、と作者はいうのだろうなあ。小説のやまをこえたら、さっと引き揚げ、空っぽの舞台は幕でふたをするのよ、というのだろうなあ。そういう小説作法だと、どうも腹がくちくならないのは、こちらが野暮天だからだろうな。


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