odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「吸血鬼飼育法」(角川文庫)

 ファースト・エイド・エージェンシー主宰の片岡直次郎。よろずもめごと解決業とでもいうか、どんな依頼であっても、「ノー・ジョブ・トゥースモール、ノー・プロプレム・トゥー・ビッグ」と涼しい顔をする。きちんと報酬をいただければ、何でも(自らコロシはしないけど)やりまっせ。昭和元禄のモーレツサラリーマンのごとく、無理難題を解決します。90%の頭と10%の運でもって。
(「ファースト・エイド」は21世紀には「応急手当」の意味で使われるが、昭和40年代のこの時期は緊急対応、(法に触れそうな)ヤバい事態の対処などの意味を持っていた。)

第一問 警官隊の包囲から強盗殺人犯を脱出させる方法 ・・・ 宝石強盗をしてアパートに立てこもった二人を脱出させてほしいと女が依頼にくる。割と冴えた方法で解決してあげたが、ここから話が転がる。宝石店には「ヴィーナスのへそ」という名品があって、それが目的だった。でも店にはなかったので、これから宝石店主の別荘に行くことにする。すると、同じ目的らしい黒服が追いかけてきて、それに泥棒は仲間割れを始めて・・・という具合に、見かけと役割がどんどんと変わっていき、目がクラクラ。ユーモアハードボイルドだけど、死人がたくさんでるのは、世相かな。

第二問 吸血鬼を飼育して妻にする方法 ・・・ 25歳の深窓の令嬢のような女性から、新婚旅行にいっしょにいってころされてほしいと依頼された。結婚すると叔父の遺産が入ることになっているのだが、どうも自分は吸血鬼になっているらしい。日記帳が目の前で燃え、肖像画から人が抜け出している。ホテルに行ったら部屋に巨大なこうもりがあらわれ、白髪の女性が侵入し、指が落ちていて消えてしまう。ついに、直次郎が身動き取れないなか、白髪の女性が現れる。部屋では叔父の息子が殺され、庭には白髪の女性に扮した男が転落死している。超常現象が起きたとき、起きたとおりに解釈するのではなく、より合理的整合的な解釈をとったほうがよい。ここでもそちらが正しかった。時代の制約とはいえ、(ピー)がこのように扱われるのは寂しい。

第三問 殺人狂の人質にされてエレベーターに閉じこめられた少女を救出する方法 ・・・ バーで飲んでいたら会いたくない男がやってきた。ベランダに逃げてうたたねすると、猟銃を持った男が17-8歳の娘を連れている。直次郎に銃を突き付け、エレベーターに閉じこもった。で、タイトルのようにどうやって危機を回避し、脱出するか。ほぼ全編狭いエレベーター内が舞台。死にたがる妄執の男、ヒステリー気味になる娘、電話口の警部。それくらいの人数しか登場せず、比類のない緊迫感を描き切る。ストーリーはシンプルながら、とても力のこもった一編。

第四問 性犯罪願望を持つ中年男性を矯正する方法 ・・・ 「強姦したい、モデルを頼むんじゃねえぞ」という依頼をしてくる中年男性がいた(まったく、ダメな男だなあ)。難しいと頭を悩ませた直次郎、じゃあ3日以内に実現するけど、別の仕事もあるから同行しろということになる。神戸にいくという小旅行であったが、髑髏マークの警告、ホテルの洋服ダンスの中の死体、ドイツ料理のレストランで謎の女の誘惑。行先は日光に変わり、裏をかいて「追跡者」を罠にかける。さあ、ここでどうぞと直次郎が言ったら、芝居を「追跡者」を書き換えた。第一問で死んだ悪漢の弟が直次郎に復讐をしかけてきたのだった。ここで直次郎の別の仕事の話になり、裏と表の入れ替わるゲームに銃撃アクションを楽しむことになる。ここの直次郎は、マンガ版の「ルパン三世」みたい。最後のシーンは、「ギャング予備校@危険冒険大犯罪」につながるのであって、こちらが先と思う。
(独立愚連隊みたいなグループに「強姦したい」という依頼をするのは、真崎守の挽歌第2番「全国的とむらい日和」@はみだし野郎の伝説にもある。1970年6月発表。この漫画では戦争体験の後遺症という状況設定。)

 解説に初出が書いていない。角川文庫の初出は1978年。でもこれは片岡直次郎の初登場作品がはいっているので、「危険冒険大犯罪」よりも前の作であるはず。東北自動車道の開通が1972年。第四問でサラリーマンでは5万円をねん出するのは大変という記述もあって、60年代後半の大学初任給が1万円くらいだったのを思い出すと、その実感は当時のものだろう。ボディペインティングの半裸の若い女性がいる喫茶店なども当時の風俗。そんなこんなを思い出すと、これらは1970年以前の作とみた。(追記。後で調べたら、桃源社で1968年初出だったとのこと。だいたいあってた。安堵。)
 上の推測が適用することにして、ほぼ同時期に「キリオン・スレイ」のシリーズも進行していた。キリオンでは不可解な犯罪の謎を論理的に解明することに主眼を置く。片岡直次郎のシリーズでは不可能な依頼(たいてい法に違反する)を論理的に実現することに主眼を置く。ミッション・インポッシブルがひとりに降りかかるわけだが、きわめて見事に、スマートに解決。そのうえ直次郎がはめられてしまうこともあって、そのたくらみを見破り、逆に罠をしかけることもある。これもみごとにきまる。残念なのは直次郎が若ハゲのために(本書のカバー絵参照)、人気がでなかったこと。このあとものぐさ太郎と組むと、よいわき役になり、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンのような名コンビになって人気がでたのだが(とはいえ過半は太郎がもっていってしまった)。

  

<追記> 2020年9月にちくま文庫で再刊。「入手困難の原型作品やスピンオフも収録し〈完全版〉として復活」。下記ツイートを見ると「俺は切り札」「危機の季節」「檻の中の三人」が追加収録されている。
「俺は切り札」は都筑道夫「危険冒険大犯罪」(角川文庫)に収録されていた。後ろ二つは未読。