odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「キリオン・スレイの生活と推理」(角川文庫)

 ベトナム戦争のあおりで、ヒッピーなどガイコクジンが多数来ていたこの国(当時は固定相場でドル高円安で、特に米人はきやすい)。キリオン・スレイも何となく日本にきて、アメリカで知り合った青山富雄、通称トニイの家に居候を決め込んでいる。このなまけもの、普段は何もしないが、犯罪事件が起きると生き生きとして、首を突っ込みたがり、見事な推理能力を発揮する。片言の日本語はトニイが通訳して、キリオンは事件の関係者にずかずかと入り込んでいく。ガイジンの眼でこの国を見るという仕掛けをふくんだ謎解き短編集。キリオンのたどたどしい日本語が怪しくて、おかしい。
 角川文庫版では、タイトルの代わりに西洋剣のイラストが使われ、章は数字のかわりに「?」が使われる(だんだん増える)。装丁にもこだわった1972年出版の連作短編集。キリオンはシリーズ探偵になり、短編集3つと長編1つがでた。
 シリーズの表題も
1.都筑道夫「キリオン・スレイの生活と推理」(角川文庫) 1972年
2. 都筑道夫「キリオン・スレイの復活と死」(角川文庫) 1974年
3. 都筑道夫「キリオン・スレイの再訪と直感」(角川文庫) 1978年
4.都筑道夫「キリオン・スレイの敗北と逆襲」(角川文庫) 1983年
となる。1でスターン「トリストラム・シャンディの生活と意見」を模して(このころスターンの長編に邦訳が出て、話題になった)、以降はホームズの短編集のタイトルを意識する。あるいは映画の連続活劇3部作のタイトルを意識する(enter、revenge、return)。この凝り方!

最初の?なぜ自殺に見せかけられる犯罪を他殺にしたのか ・・・ 今夜も前衛ジャズが流れてゴーゴーが踊られるバー「グロテスク」。突然銃声が聞こえ、女性が倒れた。キリオンが「外に出るな」と叫ぶと、ひとりの黒人がキリオンを殴って外に出た。ほかにバーから出たものはいない。拳銃がないので、自殺とは思われないが、どうやって殺したのかが分からない。なまけものの自称詩人キリオン・スレイ初登場。

第二の?なぜ悪魔のいない日本で黒弥撒を行うのか ・・・ 黒ミサや悪魔学は神に対するカウンターで、日本のような多数の神のいるところでは本気になるものはいない。でも新宿で黒ミサが行われているうわさが流れている。雑誌記者から誘われた女を紹介され、話を聞く。そのうちに、また行われるという噂がはいり、キリオンらは招待される。キリオンはこれが最後の黒ミサと自信満々にいう。

第三の?なぜ完璧のアリバイを容疑者は否定したのか ・・・ 午後10時の鮨屋に婦人が訪れ、奇妙な食べ方をし、時計が遅れているのかと尋ねた。翌日、婦人はキリオンたちを訪れ、アリバイをしゃべるなと依頼した。その婦人の20歳年上の夫が殺され、容疑は婦人にかかる。婦人には愛人がいて、彼をかばっているらしいが、それにしては不自然。現場捜査にいけないキリオンはやきもきしながら、警部の来るのを待つ。

第四の? なぜ殺人現場が死体もろとも消失したのか ・・・ 金のありそうな家に押し込んだら若い女が出てきたので、思わず刺してしまった。自首して現場に戻ったら、家には4人の中年がいて、殺人など起こっていないという。実際に死体も、血も、争った跡もない。キリオンが話を聞くと、刺したはずの女は隣家の奥さんに似ている。なにが起きたのか。

第五の?なぜ密室から凶器だけが消えたのか ・・・ 隣室から悲鳴が聞こえる。急いで見に行くと、女を刺したと男が自首してきた。しかし部屋の中からは、警察が捜索しても凶器は出てこない。見つからないと男は釈放することになる。キリオンは珍しく現場検証することができたが、どうにもわからない。とても簡単なできごとなのに、書き方でふしぎになってしまった例。

最後の?なぜ幽霊は朝めしを食ったのか ・・・ 横文字職業が10名ほど集まって百物語。真打は当会主催者。大正時代に本当にあったこととして、次の話を語る。ある商家に気の触れた娘がいた。蔵座敷にこもったがときに芝居見物くらいはする。その娘がもうすぐ死ぬと言い出し、ある朝、蔵座敷で全裸で後頭部を殴られて死んでいるのが仲の良い女中によって発見された。それは朝飯を食べた後のこと。死亡推定時刻は当日深夜。死体周辺には春画が散らばり、金が盗まれている。春画を書いた画学生と大番頭がその日から行方不明になっていた。キリオンはいくつか質問して、事件の全容を解明する。


 この国で犯罪事件で論理的な推理能力を発揮させようとすると、警察官か新聞記者になる。そうすると事件の捜査の過程や推論の記述が堅苦しくなる。では職業私立探偵はどうかというと当時(1967年連載開始)ではリアリティがない。論理的で好奇心旺盛で閑があってとなると、当時の日本人では無理。そこでアメリカからやってきた怠惰な詩人を設定した。それがこのキリオン・スレイ。
 キリオン・スレイは安楽椅子探偵で、現場捜査ができない。警察の協力者(最初の事件の担当警部)から非公式に情報を得るしかない。鑑識や聞き込みは過程ではなく、結果としてまとめて報告される。そのぶん、警察官を主人公にした時の間の抜けた、類型的な話が無くなってすっきりする(だから、自分は警察小説に好意的ではない)。そのかわり、なかなか情報を入手できないものだから、ストーリーはもっさりする。それに、探偵が事件に首を突っ込むまでの説明が面倒になる。事件の現場にいたというのは最初の一編だけ。あとは、事件の話をトニーが聞きこんだという設定。この問題はアマチュア探偵をシリーズ探偵にするときの困難。だんだん話のとっかかりをつくるのが大変になるから。
 思えば、この後の作家のシリーズ探偵は、彼/彼女がいかに事件に関係するか、しかしアマチュア探偵にこだわるという試行錯誤とみえる。1970年代なかばには私立探偵が電話帳の載るようになってリアリティが出てきたということで解禁したのが西連寺剛久米五郎だし、語り手を現役警察官にしたのが「退職刑事」だし、巨大団地の警備担当一家なのが「コーコ」シリーズで、雪崩連太郎ルポライターで、「つるかめ」コンビはオカルト専門のライターで、鍬形修二はカード占いで、泡姫シルヴィアは毎日別の人と会う接客業。キリオンによく似ているのはものぐさ太郎だが、彼には私立探偵の相棒がついている。こういう人たちになると、探偵に事件の解決を依頼する人が出てくるので、発端が不自然にならなくなってくる。
 アマチュア探偵が事件に関係するのは難しいなあ。日常的に多数の人と会う職業であれば、この問題はさほど困難にはならない(なので、「神父」が探偵になるのは自然)。でも居候とかママとか、家の中にいる人を探偵にするのは大変だ。