odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大阪圭吉「とむらい機関車」(創元推理文庫)「坑鬼」 戦争で若死にしなかったら、戦後の探偵小説の革命を主導する一人になれたかもしれない。

 大阪圭吉の創造した名探偵は、「青山喬介」「大月弁護士」「水産試験所所長・東屋三郎」の三人。どれもみな同じ。性格がいっしょで、事件のかかわり方も型通り。東屋氏が担当するのは職業がら海に関係したものになるのが特徴になるくらい。まあ、20代の仕事で、なかなか参考書がなかったとすると、このくらいは瑕疵にならない。


とむらい機関車 1934.9 ・・・ 轢死事故をあまりに起こすので、「葬送機関車」と呼ばれる列車の乗務員は事故のたびに花輪で追悼した。その機関車がある冬、七日おきに豚を轢くという事故が4件も続く。いたずらにしてはあまりに悪質ということで調査に乗り出した。なぜ機関車は豚を轢くのか、なぜ7日おきに起こるのか。それらが解明された後に残る動機があまりに痛ましい。当時は、街灯なぞまずなくて、田舎線路では夜はまっくらだったし、車体があまりに重いので、事故をその瞬間に知ることができない。めずらしく一人称の告白文。これが痛ましさを強めている。法月綸太郎の短編に同じ趣向のがあった。

デパートの絞刑吏 1932.10 ・・・  青山喬介探偵譚。深夜のデパートから絞殺されたうえ植え込みに落下された死体がみつかった。絞殺の時刻と落下時刻には数時間の差がある。デパートでは貴金属の盗難があり、死んだのは貴金属売り場の担当だった。当時の銀座にはデパート(せいぜい5-8階くらい)よりたかい建物はまずなくて、アドバタイジングの方法も今日とは異なる。そこに注意しないと、なんのこっちゃになりかねない。 江戸川乱歩「人間豹」1934年 のラストシーンを参照。

カンカン虫殺人事件 1932.12 ・・・ 青山喬介探偵譚。芝浦の造船所で工員二人が失踪し、うち一名が海上に浮かんでいるのが発見された。その死体を子細に見聞した探偵は、さっそく捜査にとりかかる。まあ、半日もしないうちに殺人現場を見つけ、もう一人の失踪者の行方をみきわめ、なんと犯人も逮捕する。手際のいいこと、でも読者は推理のやりようがない。カンカン虫はドックで鋲を打つ仕事のことをいう当時の隠語だったと思う。

白鮫号の殺人事件(死の快走船) 1933.7 ・・・  東屋三郎探偵譚。商船会社で船長を務めた深谷氏は引退したのちも、自宅を海際に作り、夜ごとにひとりセーリングを楽しむ。ある夜、深谷氏は突然不安がり、なにごとかつぶやいたきり。そして深夜、家を出たあと、海上で撲殺死体で発見された。水産試験所の東屋三郎は、白鮫号というヨットを子細に調べて、事件を勝手に一人で操作する。被害者の奇妙な習慣、現場のヨットの状況、関係者の奇妙な行動が最後にぴたりと一枚の絵に収まる。派手なトリックはなくても、こういう傑作になるのだね。「死の快走船」は改訂後のタイトル。

気狂い機関車 1934.1 ・・・ 青山喬介探偵譚。国鉄の駅で頭を鈍器で殴られた蒸気機関車乗務員の死体が発見される。それを見た探偵は、線路のわきの血の跡を追いながら、もう一人の死者を予言し、行方不明の機関車の行方を推理する。手際の良いこと、でも読者は推理の仕様がない。当時の機関車の運行や整備のイメージがつかないからなあ。給水塔から水を入れるとか、炭水車に石炭を詰め込むとか。鉄道線路のわきは民家なぞなくて真っ暗闇だったとか。

石塀幽霊 1935.7 ・・・ 青山喬介探偵譚。夏の真昼に殺人事件発生。青年が家を覗くと、人が死んだばかり。犯人の後を追うと、白い浴衣をきた人物が塀の間に逃げていく。左右に逃げ道はないのに、浴衣の人物はいなかった。古い高名なトリックにもうひとひねり加えた作品。まあ、それで錯視はしないだろうけどねえ。

あやつり裁判 1936.9 ・・・ 窃盗だの放火だの小さな事件で、被告が有罪か無罪かどうかわからないときに、何度も証言する女性がいる。料亭「ぬま半」の女将だが、なぜ無関係な事件で何度も証人になるのか。なかなか人を食ったお話。

「雪解」 ・・・ 青空文庫になし

坑鬼 1937.5 ・・・ 北海道のとある炭鉱の坑内で、火災が発生。防火扉の向こうで一人の坑夫が閉じ込められてしまった。鎮火まで防火扉を管理している技師たちが次々と殺される。坑内の水飲み場には、閉じ込められた坑夫のカンテラが起き放し。ということは、防火扉の向こうで焼き殺されたはずの坑夫が復讐のために姿を隠している? 驚いたことに鎮火した坑内には死体はなく、落盤の危険があることがわかった。東大工学部卒の中年技師が謎を解く。炭鉱の内部という特異な場所を舞台にした密室殺人事件は今後決して書かれることはないだろう。そこに企業経営も含んだ社会問題をからませ、密室殺人事件を起こすという稀代の傑作。戦前の坑内の様子は次の書で補完しておくのが必須。


 不満があるのは、枚数の制限された短編に複雑なプロットを押し込めたために描写が窮屈で、ほとんど新聞記事か警察の調書を読んでいるみたいなところ。だれがそれを見ているのかあいまいなところで、事件の全貌を大急ぎでかいているので、たいていの短編の前半はたいくつになってしまう。ときには、解決までその通りに進むので、文章を読む楽しさをあじわえないことがある。
 そのうえの若書きで、人物の描き方も類型になってしまうのだよね。冒頭のように、3人のシリーズ探偵がいても区別できないので、ファンになれないうえ、被害者とその周辺人物への共感もわかないし。ストーリーテリングも練習中というのがわるような稚拙さ。冒頭が魅力的でありながら、後半端折り気味になると欠点が1935年以前の作品に多い。
 ここらへんは1936年ころから克服されるきざしはあった。「三狂人」とか「とむらい機関車」とか。もしも戦争で若死にしなかったら、戦後の探偵小説の革命を主導する一人になれたかもしれない、複雑なプロットを解明する手腕は戦後派の都筑道夫のような海外派の領袖になれたのではないか、とそういう期待をこめながら、不幸な作家の作品をよむことになった。

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