odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-1 大正時代以前の探偵趣味の短編を収録。谷崎、菊池、芥川らのモダニストは探偵小説好き。

 この巻と次の巻は、一人では一冊になるほどの作品を書いていない人たちの作品を集めた名作集。それぞれ多作であるのだが、「探偵小説」には入れない小説のほうが多い作家たち。

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岡本縞堂 話もうまいが、何より目の詰まったコクのある文章。よい文章を読む快楽!
お文の魂 1916.01 ・・・ 武家に嫁いだ娘(21歳)、子供(3歳)が夜泣きをして、おふみの幽霊が出たという。暇が欲しいと言い出すのを無理に止めるも、幽霊は二人の前にでる。どうしたものかと思案するに、岡っ引きの半七が任せておくんなせえといってきた。シリーズ第1話。
かむろ蛇 1935.05 ・・・ 神田の商家に娘死ぬの呪い文字。ある夜、奉公人の娘が蝮の毒に当たって死んでしまう。その親は商家(勘当された家)に金千両をゆする。しゅびよく金を手にすると、商家に出入りの大工がコレラで死んだはずの姿を見せ、ゆすりを働いた親も長屋で殺される。呪いと幽霊がでてきた錯綜した事件を半七は見事に解明。捕り物の大立ち回りのサービス付き。

 

羽志主水 残した作品は以下の二つだけ。越後獅子青空文庫で読んだ。ルビの振り方が独特。
監獄部屋 1925.03 ・・・ 北海道のダム工事現場の監獄部屋。検察官が来たので、非道の数々を述べ立てる。発表の60年後に読んだときはおとぎ話と思ったが、21世紀の10年代には外国人技能実習生の現場で同じことが起きている。なんということか!
越後獅子 1926.12 ・・・ 長屋で火事が起き、女の焼死体が見つかった。亭主が拘束されたが、検事は異論をのべる。AがBにあい、BがCにあい、CがDにあい・・・最後にAが登場という「輪舞」の構成が見事。

www.aozora.gr.jp

谷崎潤一郎「途上」「私」 ・・・ 谷崎潤一郎「犯罪小説集」(集英社文庫)を参照。

 

菊池寛
ある抗議書 1918.04 ・・・ ある殺人事件の加害者が逮捕されて死刑になったが、監獄が改宗させて従容として死についたことに抗議する。被害者家族の心情はそうなるだろうが、報復感情を増幅するのはどうか、と。加害者への報復を社会が望むのは健全ではないと思う。

 

山本禾太郎
小笛事件 1936.02 ・・・ 1926年に京都市内で起きた4人の女性の変死事件。現場の様子では小笛が3人を殺して自死したものと思われたが、他殺の疑いがあり、小笛の愛人が逮捕された。裁判で小笛の死因鑑定の意見が分かれる。紆余曲折の末、自死であると認定され、愛人は無罪になった。詳しくは下記リンク。

ja.wikipedia.org


 実際の事件の資料を使って書かれた犯罪小説。どうにも読むに堪えませんでした。自分は犯罪実録物は苦手。野間宏「狭山裁判」とカポーティ「冷血」くらいしか読んでいません。

 

芥川龍之介
薮の中 1921.01 ・・・ 平安のころか。山中のやぶの中で見つかった武士の死体。野盗の多襄丸、武士の妻、武士(巫女の口寄せ)の証言。それぞれが自分で殺したといい、証言は合致しない。当事者の証言だけでは真相は突き止めない。近代捜査ではいろいろ物証がでてくるだろう。あるいは事件の証言も集めるだろう。それらから当事者以外の利害関係のない第三者が「真相」に近い事実を認定する。以上の手続きが近代以降には必要なのだろうな。あと、3人の関係者は近代的な分析意識をもっている。この作品の影響は黒澤明の映画におよび、さらにアレン・レネの「去年マリエンバートで」(脚本ロブ=グリエ)にいたる。芥川はビアーズの作品に触発されているとか、作品研究でわかったことはいろいろ。

 

佐藤春夫
「オカアサン」 1925.10 ・・・ 子どものない夫婦がオウムを買った。どこかで買われた板オウムはさまざまな言葉をしゃべる。それを聞いて、どういう家庭であったのか想像する。物証(オウムのしゃべることば)から推理するところが探偵小説的。その推測があたっているかは不明なのだが、語り手の納得があればそれでよいことになる。当時植民地下にあった台湾で日本語教育が行われ、厳しい罰があったことを証言している。

 

 ここまでは乱歩以前。本格的な日本の探偵小説は乱歩のデビューからとされるのだが、それ以前からホームズ、ルブランなどの翻訳はあり、インテリは原書で読んでいた。その成果が反映されている。ことに岡本綺堂の作品はホームズ譚に遜色ないくらいのでき。
 専門の探偵小説家のいない時代に、純文学や大衆文学の書き手が探偵小説の手法を取り入れている。自我や無意識を主題にするときに、謎と解明という形式がうまくあっていたのだろう。

 


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2019/08/23 名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-2 に続く