odd_hatchの読書ノート

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筒井康隆「全集24」(新潮社)-1982-83年の短編「ジーザス・クライスト・トリックスター」「シナリオ・時をかける少女」など

1982-83年の作品(短編と戯曲)が収録。ページの半分以上はエッセイだが、ここでは割愛。

短編小説
通過儀礼 1982.01 ・・・ 成人式と晴着魔。

句点と読点 1982.02 ・・・ 「この文章は。と、に関するきわめて短い考察であるそもそも昔は。も、もなかったそうであるそ」という文章のルールを脱臼させる実験。「、」のない小説、「。」のない小説を構想していて、それぞれ「虚人たち」「虚航船団」に結実している。

東京幻視 1982.11 ・・・ 明治の少年松太郎が夢で見る東京。幻想と幻滅と。
言葉と<ずれ> 1982.02 ・・・ ビジネスマン、女子高生、やくざ、主婦が場所を変えて、久しぶりに出会っい、相談事を持ち掛け、拒絶され、わかれる。変哲もない話だが、会話がずれる。役割と期待される言葉使いが変わることによるおかしさ。

きつねのお浜 1983.04 ・・・ きつねのお浜が登場する時代小説。作家が「この作品に対する一切の批評を拒否します」と宣言しているので、何も書けません。

点景論 1983.06 ・・・ 都市でふいに「尾行者」を見つけた男の執拗なモノローグ。「虚人たち」の語り手が遭遇したかもしれないエピソード。

追い討ちされた日 1983.06 ・・・ 官軍に追われる幕軍武士。新宿の辻を逃げ回るうちに、昭和のジャズ喫茶に流れ込む。

シナリオ・時をかける少女 1983.06 ・・・ 以前書いたジュブナイルが人気になり(NHKで少年向けドラマ「タイム・トラベラー」が1972年に放送されて……)、映画化されることになって、その映画を原作者自身がパロディにするというややこしい設定。懸命にドラマを演じようとする「俳優」のまわりを暴力中学生が荒れていて、ついにその「現実」が映画の虚構に侵入するというややこしい物語。


戯曲
三月ウサギ 1980.01 ・・・ 大婆様がなくなりそうになり、その弟、後添いの娘や孫などが遺産をねらっている。薄幸な孫娘、秘書くらいがまともで、医師や弁護士らは家のオールドミスに逆らえない。そこにアメリカにいた直系の孫が帰ってくる。という探偵小説にありがちな設定なのだが、どこかおかしい。アメリカ帰りの孫がいうことなすこと、非常識。まあ、この作家の読者であれば、「最悪の接触」が実現したと思いなせえ。どんどん常識が脱臼させられて、非常識の論理が覆う。(タイトルはキャロル「不思議の国のアリス」から)

ジーザス・クライスト・トリックスター 1981.12 ・・・ 初出の「海」を大学図書館で読んだぞ。懐かしい。さて、J・Cを「トリックスター」として再解釈した戯曲。J・Cは「ひとがあのひとを期待することの正反対のことばかりやらはる」お方で、「世の中が息苦しくなるたびに、必ずその社会を馬鹿にし、滅茶苦茶をやり人を笑わせるやつ」なのである。「トリックスター」論が人口に膾炙したころなので説明的なせりふが多いが、J・Cは説教好きだから無問題。おっと、エーコ「薔薇の名前」1980年と同時期に別の発想で、笑うイエスを想像していたのだった。

ジス・イズ・ジャパン 1982.01 ・・・ テキサスから来た田舎者夫婦、神戸の大学生が「日本を案内する」といって、でたらめな説明をする。当時のレートは1ドル220円くらいで、外食ラーメンが300円ほど。そこで5千ドルもふんだくる。アメリカ=金持ち、日本=貧乏というステロタイプが残っていたころ。
人間狩り 1982.01 ・・・ 猟友会4人でイノシシ狩りに出たが獲物が見つからないので、冗談に人を狩ろうといいだす。言葉の応酬のうちにエスカレートして発砲しあう。最初は冗談、それに少し冗談を加えるうちに、本気になっていき、憎しみがあらわになる。最初に言ったものは「俺ではない」とうそぶく。この憎悪が拡大し、扇動されていく様は、差別の発生、ヘイトクライムの発生を表している。「人を狩る」のは銃だけではなく、言葉であることに慄然。でも戯曲はドタバタのコメディ。


 1980年代なかばに作者は「筒井康隆一座」を立ち上げて、上の演目で全国公演をしたと記憶。作者は当然、すべての劇で主役を務める(若いころに劇団で俳優をした経験がある)。
 エッセイでは「夢――もうひとつの現実(虚構)」「現代の言語感覚」「超虚構宣言」が重要。