2020/09/24 早川書房編集部「アガサ・クリスティ読本」(早川書房)-1
2020/09/22 早川書房編集部「アガサ・クリスティ読本」(早川書房)-2 の続き
物語作者としての魅力(小林信彦、石川喬司、稲葉明雄、小鷹信光) ・・・ 1972年「世界ミステリー全集 第1巻」の付録についた座談会。全集は50巻くらいで、世界の探偵小説(ポー以来)の名作を集めたもの。ひとつの巻に長編を3-4冊分収録するというぜいたくなつくりだった。第1巻がクリスティというのは、これで売れる弾みをつけたかったのだろう。ドイルでもクイーンでもないことに注目。小林信彦が挙げるベスト5は「アクロイド殺し」「白昼の悪魔」「ゼロ時間へ」「予告殺人」冒険ものから「死への旅」。創元推理文庫から出ているものと重ならないようにする選択(忖度か)。存命中にほぼ全小説が邦訳された作家はさてクリスティ以外にいるかしら(昭和時代の話。最近のはよくわからない。たとえばスティーブン・キングは全部翻訳されているのではないかな。)
検察側の証人(クリスティ) ・・・ いまでこそハヤカワ文庫で戯曲も全て読めるようになっているが、1978年当時では戯曲は手付かず。なので、この一編(初訳)を付録に付け加えた理由がわかる。しかも取り上げたのは名作映画「情婦」1957年の原作であるというのも、読者への心遣い。戯曲の発表は1953年。
敏腕弁護士ウィルフレッド卿に依頼にきたのは、レナードというアプレゲール。仕事を転々としている文無し青年が資産家の老婦人に取り入っていた。青年に全財産を贈るという遺言状を書いた直後に刺殺される。レナードが逮捕されたが、アリバイがあると主張していた。全三幕で第1幕は弁護士事務所。青年が依頼にきて逮捕される。直後に東独亡命者の中年婦人がレナードの弁護を依頼する。レナードの妻だが、東独に夫を残しているので、結婚は認められない。第2幕は法廷。証人の証言はレナードに不利。中年婦人の妻はレナードのアリバイを否定し、レナードも証言も支離滅裂になる。第3幕第1場は弁護士事務所。若い娘が証拠の手紙を売りにくる。第2場はその手紙によるレナードの弁護。
もとは短編。戯曲は読み慣れていないので、評価は保留。このままでは映画にならないので、ビリー・ワイルダーは第1幕が始まる前を広げた。その結果、戯曲では無個性な弁護士が、気難しいがおちゃめな老人になり、秘書とのやり取りを滑稽にした。21世紀に見ると、パワーハラスメントであり、女性差別的であって、老人のふるまい(および周辺の男も)に腹が立つ。なので、冒頭からしばらくは見るのを後悔したよ。マレーネ・ディートリッヒが登場してからは彼女から目を離せなくなったが。
クリスティの年譜と作品リスト ・・・ 1978年には全作品が邦訳済。ただポケミスには入手難のものがあり、簡単に入手できるようになったのはハヤカワ文庫で全作そろうようになってから。21世紀になっても販売は続いているが、一時期のようには店頭でみかけなくなったなあ。
1970年代のミステリ作家のレジェンド(という言葉は当時はない)は、クリスティ、クイーン、カーだった。いずれも70年代に死去する(クイーンの一人フレデリック・ダネイは1982年没)。ハヤカワのミステリ・マガジンはその都度追悼特集を組むが、このような読本を編むまでに至ったのはクリスティただ一人。死の直前まで新作が出て、それ以後も話題を提供していたのが大きい。それほどの人気を存命中に得た作家でした。