odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

柄谷行人「批評とポスト・モダン」 (福武文庫)

 あとがきによると、1977-84年に書いた短文を集めたもの。なるほど、ニューアカデミズムや反核運動エイズ(この時期に興味を示していたのは早い。マスコミにでるようになったのは80年代後半)、パーソナルコンピューター(PCではない)など、当時のトピックがでてくる。
 いろいろなことが圧縮されて書いてあるので、自分がサマリーをつくっても漏れてしまうだけ(そもそもメモを取れない)。なので、気の付いたところを点描的に。

f:id:odd_hatch:20181214092332j:plain

批評とポスト・モダン 1984 ・・・ 日本にモダンとポスト・モダンがごっちゃにはいっている。嵐が吹いて正体を見失い、掘っ立て小屋を建てるのを繰り返してきたが、今もそうかも。アメリカも巨大な島国で、嵐と掘っ立て小屋なのかもしれないが、あそこには人が亡命・移住するところがちがう。ポストモダンポスト構造主義形而上学・二項対立・体系・構築などをターゲットにしているが、日本では自然=生成として表れる制度があるので、ポストモダンを輸入したままでは使えないよ。1984年はバブル直前で日本型資本主義の優秀さを自慢していた時代。記述を見ると、当時はのんびりしていたなあと思う。それから35年もたつと、ここでいう批評や哲学は文部省の文系予算削減や書籍の販売不振などで消えてしまいそう。

無作為の権力 1985 ・・・ 種々の法や権利は原理である場合と力関係で決まる場合がある。後者は忘れられがちであるが、イギリスの法やヴィトゲンシュタインなどはそのような考え方をしている。この国では、力関係で決まることを暗黙に了解しているが、口にすることはない。で江藤淳の戦後批判の批評が展開される。

モダニティの骨格 1983.09 ・・・ 最近(当時)は「形式化」のことを考えているので、吉本隆明の体系には興味をひかれない。

今ここへ―中上健次 1985 ・・・ 「今ここ」を肯定する中上健次はいいぞ。俺は中上健次を良く読めないので、わからない。

物語のエイズ 1983 ・・・ 自己と非自己の差異化するメカニズム。例は免疫、精神病理。自己と非自己を融解するエイズ中上健次の小説。うーん、サイエンスの体系を文系の理論につかうのは危険だな(サイエンスの体系をきちんと理解していないので、的外れな比喩になったり、誤った説明をしたり、差別と誘発したりなど)。

場所についての三章 1980 ・・・ 有島武郎の場所、デカルトマルクスの場所、イエスの場所。

根底の不在―尹興吉『長雨』について 1979 ・・・ 作品、作家の議論とは別にメモ。東アジアでみると、日本独自なものはほとんどない(日本人のアイデンティティをぐらつかせる)。中国や朝鮮の親族組織は合理的でデモクラティック(なので継続し、強い)が日本の親族組織は本家‐分家の支配関係で壊れやすい(参考:與那覇潤「中国化する日本」)。ハングルは人工的で抽象的。過去に回帰する連続性はないが、根底や自然夜連続性という幻想からは自由。

梶井基次郎と『資本論』 1978 ・・・ 梶井基次郎の可能性。

仏教について―武田泰淳の評論 1979/森敦の「意味の変容」 1984/文体について 1979/唐十郎の劇と小説 1978

交通について 1979 ・・・ マルクスの「交通」の多義性について。文明史の交通はジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上下」(草思社文庫)で補完しよう。小林秀雄のことは自分にはどうでもいい。

私と小林秀雄 1983/懐疑的に語られた「夢」 1983 ・・・ 小林秀雄について。

『門』について 1978 ・・・ 「門」の夫婦の溝は三角関係に由来。芥川「藪の中」の多襄丸に似ている。でも「心」のように破滅的ではない。漱石が初めて中年の日常をとらえた作品。

草枕』について 1981 ・・・ 近代文学の言葉の貧しさに対抗する「言葉」が奔流する小説。

安吾はわれわれの「ふるさと」である 1981 ・・・ 安吾は「あらゆる領域において新鮮である」。(うーん、探偵小説に限っては保守的だと思う。)

占星術のこと 1979 ・・・ 「占星術的な知は、我々が今のところまだ気づかないでいる諸関係を直感的・経験的に把握しているはずであって、現代の諸科学の水準ではとうてい否定できるものではない」というのは誤り。漢方医療と占星術を同一水準に並べるのもおかしい。

感じることと考えること 1977/反動的文学者 1978/街の眺め 1979/断章 1982/「反核アピールについて」再論 1982/ブタに生れかわる話 1983/凡庸化するための方法 1983/文科系の数学 1983/ポール・ド・マンの死 1984/

テクノロジー 1985 ・・・ テクノロジー批判が盛んに行われているが、科学者自身もコスモロジーへの回帰をめざしているようだ(ホロンとかニューサイエンスとか)。科学者は最悪の哲学を選らがち(アルチュセール)。注意あれ(自註:逆に言うと、人文学は科学を誤解して自説を補強するのだよな)


 今でも気になるところ(上にピックアップしたところ)もあれば、いまでは当たらないよなというところもあって、面白さと懐かしさを交互に感じながら読みました。
 ちょっと意外だったのは、占星術やデニケンが話題にでてきて、好意的だったこと。おくさんが占星術の「セミ・プロ」だったそうで、影響を受けていたのだろう。そういう象徴思考や類推思考をする人ではないと思っていたので。
 あと1982年の文学者による反核アピールを批判している。批判内容は合意するのだが、その批判内容を組み込んだ新しい運動の提案がないのはなぜ? 運動の外にいて口は出すけど、何もしない。それがあの時の正しさだったのかなあ。ここは腑に落ちない。メタレベルに立ったような視点でありながら権力の補完になっている発言に思える(と、そのとき反核運動の頭数になったものとして、いいがかりをつけたくなる)。