odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

筒井康隆「狂気の沙汰も金次第」(新潮文庫)

 1973年に半年間夕刊フジ(日刊紙)に連載されたもの。記録を見ると19歳目前の大学1年生の時に買って、一日で読みおえている。おもしろかったので、同じ紙面に連載された他の作家のエッセイにも手を出したはずだが、井上ひさしのに少し興味を惹かれただけで、その他の書き手には失望したはず。
 たしかしばらく繰り返し読んでいた。三十数年ぶりの再読で、その間読み返していないのに、ひとつひとつをしっかりと覚えていた。なので、かつての青年のときのようにしっかりと熟読はしなかった。そのうえ今回は全集14巻で読んだので、文庫にあった山藤章二が書けていたのが残念。本文と対抗する存在感のある挿絵があることが、このエッセイ集を読む楽しみを倍加したのだが。
 いくつかを箇条書きで。
1.ブッキッシュな興味で面白かったのをメモ。
・「時をかける少女」は雑誌連載と初版では全く人気がなかったのに、NHKからドラマ化の依頼があって、そこから人気が出るようになった。
・筒井作品をLPにしたいという申し出があり、朗読でもラジオドラマでもないものをつくろうと「デマ」をつくった。
2.1960年代のSF交遊記も貴重。銀座その他での連日の宴会はむしろ「腹立半分日記」が詳しいが、ここでも小松左京星新一などとの付き合いがでる。彼らとの交わりでタイトルのような合体ことわざをつくったり、山下洋輔トリオとの交際からハナモゲラ語の言語実験を楽しんだとか。
3.日々の連載でネタ集めに苦労したらしいが、ひねり出したのをのちに作品にしているのも発見。意味の通る文章がひとつもない講演。バイブルをネタにしたドタバタ、夢の記録、あたりがのちに実現。映画の話でも、エノケン、ローレル&ハーディ、トムとジェリーなどの話題がのちに数冊の本になっている。
4.病気や狂気に関する話題が多い。もともと学生時代にフロイトを読んだのが理由という。さて、そこから性癖に話題を広げバッドテイストをいろいろ紹介。性交、浣腸、大便、検便、痰壺、乱交、死体、回虫など。思い起こせば、1973年のまえに「フリーセックス」が紹介され、青年雑誌にヌードがで、少年漫画にヌードとスカトロがでてきて、いずれも大評判を取っていたのだった。その趣味(当時は権力に抵抗するカウンターカルチャーの位置づけ)を成人紙に持ち込んだ早い例。自分が読んだのは、連載から5年以上たっていたので、さほど衝撃を感じたわけではないが、今回の読み直しで発見。
5.では青年期の自分がなぜこのエッセイ集に熱中したかというと、自分の知らない大人の社会を知るテキストであったから、と後付けでわかった。すなわちここには著者のサラリーマン時代、同人誌作成、作家デビュー、新人時代のできごとや苦労や喜びが書かれている。いずれ自分も経験することになるだろうと予習のように思ったのだった。さらに、仕事の進め方や他人との関係の持ち方などでも、常識と良識を持った見解が書かれていた。例えば、次のようなタイトルのもの。信用、偏見、討論、嫁姑、伝染、匿名、喧嘩、免許。著者のかき方では真面目なところとふざけたところが明確にわかるので、どこまでやってよいのか、どこまで行って良いのかの線引きの参考になった。大人の指南書みたいな位置づけで楽しみながら読んだのだった。思い出せば、山口瞳「酒飲みの自己弁護」もそんなふうに読んだのだったなあ。
(1980年代には大正教養主義はもう無効だったわけだね。阿部次郎「三太郎の日記」、倉田百三「愛と認識との出発」、ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」、キルケゴール死に至る病」、小林秀雄「無常といふ事」「考えるヒント」などを同時期に読んだが、まるで参考にならなかった。)
 著者はドタバタとハチャメチャと非常識の小説を書く人だが、基本的な考えは常識と良識の持ち主。なので、この半生記前の著者30代後半に書かれたエッセイも古びてはいない。ただし、当時の一般男性がもっていた女性蔑視、セクシズムは21世紀には批判する考え。妻や姑、子供らへの説教は今日には通用しないので、注意して読むように。