odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

間羊太郎「ミステリ百科事典」(現代教養文庫)

 1963年から雑誌「宝石」に連載されたエッセイ。当時は江戸川乱歩が編集長だった時代(の最後)。連載途中で、出版社が変わった。文庫になったのは1981年。
 内容は乱歩の類別トリック集成をもとにして、トピック別に実例を挙げていくというもの。目次を引用すると、以下になる。
第一巻 人体 眼/手/血/首I/首Ⅱ
第二巻 生物 猫/犬/虫/花/
第三巻 風物 雪/氷/クリスマス
第四巻 事物 電話/時計/人形/蝋燭/手紙/郵便/遺書
別巻 宝石/たばこ/ギャンブル
 これらのトピックを扱った探偵小説を引用し、おもにトリックを紹介していく。

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 まず、引用の豊富さに驚く。年期のはいった読み手であれば、読んだものを片端からノートにとって編集することは可能だが、著者はこのとき30歳! 18個のトピックにそれぞれ20編の引用があるとして、総数約400。それを検索するには、数倍の小説のデータベースが必要だ。この年齢で可能になったというのが最初のおどろき。別書によると、乱歩は若いライターや編集者と定期勉強会をしていたというから、情報の交換があって集合知になっていたのかもしれない。それにしてもPCのない時代、ノートやカードでこれだけのものにするとはねえ。くわえて、関係する蘊蓄もまた豊富。博覧強記というのはこういう人か。
 その結果、本書は昭和20-30年代の国産探偵小説のデータベースになった。乱歩の類別トリック集成が短編探偵小説黄金期から長編探偵小説黄金期の英米作品のデータベースになったように、本書は国産品のそれになる。書かれてから50年後に貴重になるのは、ほとんどの当時の国産小説が入手難になっているため。ここでしか名前を聞くことができない著者がいて、創意に富んだ(と思われる)アイデアを出していた。のちの新本格派のような趣向と犯人当の小説がたくさんあったらしい。
 初読は学生だったのでとても面白かった。中学生の時に乱歩「探偵小説の謎」を何度も読みすぎて食傷気味になっていたので、本書で得られる知識は貴重だった。でも40年近くを経ての再読では、そこまでの感興を得られない。坂口安吾の「日本の探偵小説の欠点の一つは殺し方の複雑さを狙いすぎること@推理小説について」という指摘を思い出したため。

www.aozora.gr.jp


 その複雑な殺し方がたくさんでてくる。こういうからくりや小手先のケレンなどを、この国の人は好きなのだなあ。
 連想飛躍すると、昭和38年というと高度経済成長期にあって、中小企業が技術を磨いていった時代。この国はものづくりがどうのこうのといわれるが、それはこの時代の中小企業の技術者に多くを負っている。中小企業の技術者は軍隊時代の整備を経験していて、復員後自転車や家電の修理をすることで生計をたてていった。戦前のこの国の成人男性は機械いじりをしなかったし、自動車の免許ももっていなかった(なので軍隊は運転手を確保するのが大変)。戦争体験がこの国のモノづくりを支えたという物語ができた。でも、その孫あたりになる第二次ベビーブーマーは機械いじりをしないので、モノづくりのベースになる技術伝承は途絶えようとしている。21世紀の日本は過去の遺産を食いつぶしていくのだろうなあ。西ローマ帝国をつぶしたゲルマン人がソリューションを起こさなかったので、「暗黒の中世」が数世紀続いたのを思い出してしまう。
 というような本書に関係ないよしなしごとを書いてしまった。