odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

筒井康隆「乱調文学大辞典 」(講談社文庫)

 1970年前後のエッセイなど。

乱調文学大辞典 1971.11 ・・・ 文学辞典のパロディ。広辞苑の全項目を読みながら、項目を拾い出して、自作の解説をつけていった。まあ、言葉の博物学者ですな。膨大なことばを収集して、分類し、変換し、自家薬籠中にいれ、実作に応用していく。
 たとえば
「乱脈 すじみちは文章に理解することが文脈との間を乱れた非常によく不能のあまりわからないこと」
「絶筆 1死ぬ前の作品。2書くことをやめること。3筆を食べるのをやめること。4世の中から、筆が無くなってしまうこと。5筆が死ぬこと。6筆をもらうのを、ことわること。7筆から、遠くへだたること。8非常によい眺めの筆であること。9はなはだ、筆であること。」など。
 このあとも早口ことばや百人一首、現代短歌などで博物学者ぶりを披露。こういうアクションを継続するところがこの作家の面白さ。デビューからしばらくの作品は文体が固くて、さほど好きにはなれないのだが(話にノレないときにはことにそうで、たいていは早送りのように読んでしまう)、80年代以降の作品になると、作家の文体と語彙をしっかりと読むようになったのだ。
 あと、このパロディ辞典は選択された内容が当時の文学的な教養を網羅するものになっている。この国の古代の文献から20世紀の海外文学まで、「純文学」から娯楽小説まで、歌舞伎から映画まで、私小説からプロレタリア文学まで。おおよそは高校の教科書に登場するものだけど、読者はもともとの意味や内容を知っていて、かつ著者のギャグやパロディや冗談や批判などを読み解くことが要求される。当時の読者はそれができたわけで、文庫本になってずいぶん売れたはずだし、いわゆる「理系」の学生もこの本を面白がって、読んでいた。21世紀の前半にこの辞典の教養がそのまま適用できるとは思わないが(「沢たまき」「戸川昌子」「肉体の門」「星の王子さま(の説明部分)」などは同時代でないとわからない)、8割くらいは笑えて面白がってほしいなあ。


あなたも流行作家になれる 1969.10-1970.09 ・・・ タイトルのような流行作家になるための指南書。重要なところを抜き出すと、量産しろ・作家の考え方(思想)よりものの見方が必要・現代の眼をもつこと・マンガの精神に学べ(マンガの評価が低かった時代のころ)・売り込み方は新人賞応募で(同人誌や弟子入りはダメ)あたりか。批評とのつきあいかた、セールスポイントの作り方、ライバルの蹴落とし方、入稿遅れのいいわけなどは、この本以外にはまず書いていないので参考になる(誰の?)。そのかわり、「第5講 小説の書き方」はずいぶん乱暴で簡単。最近はここを懇切丁寧に教えるセミナーや塾があるみたい。
 最後に流行作家になったけど、そのあと(老後は)どうなる?という話になっている。答えは心配するな、雑誌は売れていて、作家を必要としているから仕事が途切れることはないよというもの。昭和「元禄」のさなかで、平均寿命が70歳を切っていた時代の証言。半世紀を過ぎて読み返すと、この楽観主義は作家の年齢が若かったこともあるが、時代もそれだけ若々しかったという感想になる。この本に定義される「流行作家」らしい流行作家が払底して(自分がしらないだけかもしれないが)、層が薄くなったいま、「流行作家」は魅力ある職業であるのかな。21世紀にこれを読んだ青年は流行作家になろうとするかしら。


乱調人間大研究 1972.01-08 ・・・ 「一般社会に生息している「少しおかしい」人間と、便宜的に乱調人間と呼ぼうと思う」という意図で、フロイトなどの精神分析の成果を開陳。妄想、アルコール中毒、デマ、ヒステリー、もう一人のあなた、天才の章立てで、それぞれの分類にはいる著名人(故人)のエピソードや人口に膾炙した事件などを紹介する。なるほど、1970年代を見ると、1)衝動殺人、サイコパスによる事件が起きて話題になり始めた、2)精神分析が人気になり始めた、などがあった。たとえば宮城音弥岩波新書で「夢」「天才」「性格」「神秘の世界」などを次々にだして、それぞれよく読まれた。そのあたりを見抜いて連載にしたのは作家(と編集者)の慧眼であるだろう。でも21世紀に読むと、ここにあげられた「乱調人間」のかかっている疾患の持ち主に対する偏見を助長し、差別と隔離を進める議論になっている。通俗的な説明をうのみにしたバカが、リアルやネットで差別を起こしているのだ。なので、この種の警告を目的にする啓蒙は21世紀には不要。