odd_hatchの読書ノート

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筒井康隆「全集1」(新潮社)-1960年代前半の短編「お助け」「やぶれかぶれのオロ氏」

 作家は若いころのことをあまり書いていない。全集の月報には評論家による評伝が載っているが読んでいない。子供向け小説や漫画に熱中→映画に熱中→演劇に熱中→SFに開眼→兄弟で同人誌を発行。その同人誌が江戸川乱歩の目に留まり、商業誌に転載された。それから数年間はサラリーマンをしながら、おもに同人誌に発表。商業誌は「科学朝日」「団地ジャーナル」がお得意様。職業作家になる後押しは、アニメ「スーパージェッター」の印税がはいったことと、先輩作家から上京を薦められたこと。この全集1は職業作家になる前の、アマチュア時代のもの。ほとんどがショートショートのサイズ。

お助け 1960.06 ・・・ 長能力開発訓練をうけている宇宙パイロットにおきた異変。なるほどここからアニメ「デビルマン」、マンガ「サイボーグ009」のエピソードが生まれたのか。ヴィシニェフスキ=スネルグ「あちらの世界」@深見弾編「東欧SF傑作集 上」も参照。同人誌の一編を江戸川乱歩が発見したデビュー作。文章は堅苦しく、青臭いが(作家は26歳)、よくそこから可能性を発見したと、乱歩の眼と作家の努力に敬服。
模倣空間 1960.06 ・・・ 実体があると模倣像をつくりだす空間に囲まれた惑星。そこにテレビや電話があったら。押井守ビューティフル・ドリーマー」のエピソードを参照。

タイム・マシン 1960.06 ・・・ 米ソのタイムマシン開発競争。当時の核開発競争の比喩。新聞記事だけの構成という書き方の新奇性。

帰郷 1960.10 ・・・ アルファ・ケンタウリから帰還したパイロットたちは地球がどこか違うのに気付く。

脱ぐ 1960.10 ・・・ 肉体美を持つ女性が人前で脱ぎたい欲望を抑えているうちに、胸に第三の腕が生えて、いたずらする。フロイトを使った最初(たぶん)。 

環状線 1961.01 ・・・ ある女性が別の男性と結婚するというので、数学者は身体を増やすために山手線にのせた。

到着 1961.02 ・・・ 星新一が「だれがぺちゃという音を聞いたんだ?」と尋ねたショートショート

星一号 1961.02 ・・・ 父の上に子がのり、そのうえに孫がいる縦体宇宙。アノマリーが並びからはみ出る。

無限効果 1961.02 ・・・ 社長の叱責で宣伝課長はサブリミナルよりも効果的な宣伝方法の実験台になった。

マリコちゃん 1961.06 ・・・ 雑誌を見ているマリコちゃん。それをのぞき込むもうひとり。

二元論の家 1961.06 ・・・ 人のエスを具体化する幽霊屋敷に、心理学の教授が二人の学生を招待した。過剰な暴力描写(それがコミカルになる)の最初。このアイデアは、手塚治虫や石森正太郎の1960年代のマンガにもあったな。

きつね 1961.10 ・・・ 夜道を歩く小学生。自分はきつねだと相手を脅かす。

ユミコちゃん 1961.10 ・・・ 目の見えないユミコちゃんがふたりの客を招き入れたら。

底流 1961.10 ・・・ テレパシー能力を育成されたエリートが派遣された役所で仕事を引き継ぐ。おお、七瀬シリーズテレパスの悲哀と孤独、多数の作品に登場する意識の流れの源流はここにあった。

廃墟 1961.10 ・・・ 廃墟に住む4人。「霊長類南へ」が終わった後の物語。

事業 1962.01 ・・・ ある実験により高度に知能が進んだ被検体。「アルジャーノンに花束を」1959年に親近性を感じる。実験ノートの記述のみという言語実験にも注目。

神様と仏様 1962.02 ・・・ 神様と仏さまは仲が悪くて、いじわるをしあっている。

ウィスキーの神様 1962.02 ・・・ ウィスキーの神様がファッションの女神にデートを申し込んでようやく受けてくれたが。

コドモのカミサマ 1962.02 ・・・ ショートショート

逃げろ 1962.02 ・・・ 小説をかいているところに未来人がやってきた。「笑うな」と対の一編。」

怪物たちの夜 1962.02 ・・・ 刑事が強盗殺人の犯人を追い込んだ。これも「霊長類南へ」が終わった後の物語。

セクション 1962.03 ・・・ 地質学教授の発見と、その妻の不倫の話が最後にかさなる。乱歩の近代版。

差別 1962.04 ・・・ 白ん坊が黒ん坊を差別する。とみせかけて。

パチンコ必勝原理 1962.06 ・・・ 理学博士兼工学博士がさまざまな計測機器をパチンコ店に持ちこんだ。

やぶれかぶれのオロ氏 1962.07 ・・・ 火星との秘密協約を結んできたオロ氏がロボットの記者会見に臨む。最初の傑作。ちなみに米ソ核開発競争の時代で、日米安保条約締結の直後で、自衛隊ができて8年目で、キューバ危機があって、という時代。

たぬき 1962.07 ・・・ 夜道で狸に追いかけられた。

姉弟 1962.07 ・・・ 弟が牛になった。「どんな気分?」「まるで牛になったような気分だ」。この後なんども繰り返される作家お得意のギャグ。参考、うる星やつらラムちゃん、牛になる」。

睡魔のいる夏 1962.12 ・・・ 軍需工場のある街の静かな暑い、眠たい夏。「霊長類南へ」のエピソードになりそう。

ある罪悪感 1963.01 ・・・ 上司を嫌悪すると妙な癖(というか不随意反応)がでるようになって。

スパイ 1963.01 ・・・ 口の軽い社員がライバル会社のスパイになろうかと言い出す。

妄想因子 1963.02 ・・・ 団地に入居できてようやくヒステリーが収まったのだが。このころ郊外に狭い団地が大量につくられだした。都内では多摩とか高島平とか。競争率が高くて、なかなか抽選にあたらない。

怪段 1963.02 ・・・ 幽霊が出るという噂の団地にて。

超能力 1963.04 ・・・ テレパシー能力を持つクズ息子が「今考えていることをあててやろう」と叔父にいう。叔父もテレパス


 作者はのちに「日本のSFは、星新一が最初に道をつくり、小松左京が造成したところに、筒井康隆が自動車でやってきたというがひどい誤解。SFは彼らより先にやっていた」となんども強調する。なるほど、最初の作が1960年、作家26歳のときというのは知らなかった。wikiなどをみると、この三人がデビューしたのはほとんど同じ時期(星が若干早い)。ただ職業作家になったのは、筒井がだいぶ遅れたので、上のような認識になったのだろう。
 さて、実際に読んでみると、習作というべきものが大半。上記の中では傑作といえるのは「やぶれかぶれのオロ氏」のみ。重要なのは、傑作を書くことではなく、継続して作品をつくり続けること。そしてできたものから可能性を引き出すこと。これを26歳から開始して、60年近く継続した。その「持続する志」に最大限の敬意を払う。
(このころは「SF」の認知が低く、星新一が先にデビューしたこともあって、SF=ショートショートのアイデア小説と思われていた。そこで、作家も盛んにショートショートを書く。でも、合理的な説明をしすぎて、落ちが決まらない。習作の時代だから仕方がないが、ショートショートは星や都筑道夫の方が上手。)