odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

広瀬正「タイムマシンのつくり方」(集英社文庫) 48歳で夭逝した日本SF黎明期の作家。文学の貧困さとミソジニーを克服する時間は作家になかった。

 解説の筒井康隆によると、広瀬正は同人誌「宇宙塵」のメンバー。初期作はここに載り、早川書房の目に留まっていくつかを「SFマガジン」に載せた。でも編集長・福島正美のお眼鏡にはかなわず、しばらく沈黙する。1970年の「マイナス・ゼロ」が直木賞になって、流行作家になった。活動期間は2年足らずで、1972年に夭逝。本書には、初期作を収録した。

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ザ・タイムマシン ・・・ ムテン博士のタイムマシン講座。タイムトラベルをしたという人が次々と現れ自分に起きたことをしゃべり、過去をみるパストビジョンで映像をみる。休憩15分ののち再開するといったのに、5分後に博士は現れ、続きをしゃべる。タイムトラベルのパラドックスで聴衆のけむをまいているところに、もうひとりのムテン博士がはいってくる。彼は休憩前の実演で未来に飛んだ博士自身であるという。まあ、多元世界論などの疑似科学はどうでもよくて、ページを分割したテキストのトリックを楽しもう。このあと、筒井康隆かんべむさしなどが同じ技法を使ったのではなかったけ?

Once Upon A Timemachine ・・・ 先祖を殺すとどうなるかという実験をするために子孫がタイムマシンでやってきた。情が移って殺せないというので、江戸時代、さらにその前にさかのぼって先祖殺しを実行したが・・・。タイトルはお伽話の常套句「Once Upon A Time(むかしむかし)」のシャレ。

化石の街 ・・・ 物理学の講師が道を間違えて、見知らぬ街に迷い込む。そこの住民はみな立ったまま死んでいた。いや、翌日行くとわずかに動いている。時計は一秒しか進んでいない。いったいなにが・・・。アメリカ南部の孤立した町に起こる怪異譚。町全体が幽霊屋敷で、ウェルズ「新神経促進剤」を混入させた一品。ジャンルミックスがあったんだね。
参考:PKD「時は乱れて」、キング「呪われた町」、マキャモン「スティンガー」、トライオン「悪魔の収穫祭」、リーミー「琥珀の中の昆虫(@「サンディエゴ・ライトフット・スー」所収)」1978など。

計画 ・・・ 日本の歴史と風習によく似た国では大戦勝利のあとタイムマシンの平和利用を巡って国論が割れていた。実験を実行することになり、博士が過去に向かうことになった。意外な結末。

オン・ザ・ダブル ・・・ 毎日100mを13秒で走るだけの生活を1年間続ける。そのために体育館にこもった被験者。ウェルズ「新神経促進剤」の変奏。

異聞風来山人 ・・・ 平賀源内の「風流志道軒伝」の古写本を読んだら、源内はタイムマシンで200年後に飛んで行った。到着するのは1963年のこの週のことだ。古本に書いてあった神田にでかけて源内を待ち受けることにする・・・。平賀源内の「風流志道軒伝」は、横田順彌の現代語訳で「日本SF古典集成(ハヤカワ文庫)」に収録された。読んだことがあるが、もう40年以上前なのでまったく覚えていない。

敵艦見ユ ・・・ 日露戦争対馬海戦(日本海海戦)を確認するために、加藤参謀長の子孫がタイムマシンで三笠に乗り込む。参謀長が胃痛のために艦橋を降りた後、昏睡してしまったので子孫が身代わりになる。敵前回頭の指示をだれが出したのか・・・。当時は加藤説、東郷説などだったが、いまは海軍軍令部の指示となっている(野村實「日本海海戦の真実」(講談社現代新書))。「坂の上の雲」の連載中のためか、細部の描写は司馬のものに準拠。

二重人格 ・・・ 二重人格の男、それまで人格は交互に現れ記憶を引き継がなかったのに、不意にいっしょに現れるようになった。記憶の混乱、しかし立ち直り、さらに別の人格が現れそうになる。どちらかを抹消しようということになったが・・・。「ザ・タイムマシン」と同じテキストの実験。

記憶消失薬 ・・・ 若い男が記憶消失薬を売りに来て、その夜に男の父と名乗る男が買い戻した。私は騙されたのか。まだ外部記憶装置や記憶モジュールなどが発明されていないころ。

あるスキャンダル ・・・ ロボット禁止法が施行されている社会で、闇の販売を続けている男。星新一みたいな文体とテーマ。

鷹の子 ・・・ 親の因果が子に報い、のモダン版。21世紀にはダメ。

もの / 鏡 / UMAKUITTARAONAGUSAMI / 発作 / おうむ / タイム・セッション / 人形の家 /  星の彼方の空遠く / タイムマシンはつきるとも / 地球のみなさん / にくまれるやつ / みんなで知ろう / タイムメール ・・・ 以上ショートショート。1961-1966年の間に書かれた初期作。いくつかは1970年前後のものもある。

付録『時の門』を開く 1963 ・・・ ロバート・ハインライン「時の門」(ハヤカワ文庫)の謎解き。

 

 解説の筒井康隆は、「(福島正美は)SF同人誌に載っている作品を評して『アイディアの骸骨が、貧弱な文章の衣をまとって』いると称した」と書いている。そういう勉強をしてこなかった筒井康隆は福島評を読んでぶぜんとしたし、眉村卓広瀬正もそう思っただろうという。
 自分も福島と同じ方向で読んだ。文章の貧弱さには閉口したし、うすっぺらいキャラにも、昭和なら問題ないとされたミソジニーにも。これらを克服するには広瀬の時間は足りなかった(なるほど、同じ指摘を受けた筒井は、キャラクターの類型を収集したり、物語のパターンを調べたり、文学的なテーマを挿入したりするなどの工夫を1970年代にやったのだとわかった)。
 アイデア勝負の小説の書き手には、フレドリック・ブラウン都筑道夫がいるが、彼らとの差異はどのあたりだろうと考えていた。思いついたのは、広瀬は物理学の素朴実在論の立場で物事を考えていること。タイムパラドックスにこだわるときも、物理的な時計で測れる時間だけを考慮して、どうにかつじつまを合わせようとしている。ブラウンや都筑だと、ほかの時間もあるという立場をとって解釈を多様なものにした。というより、彼らは怪異や矛盾を全部合理的に説明しようとしない。わけがわからないこと説明がつかないことをそのままにして、物語を閉じることができた(たぶん彼らがホラーや怪談を書いているからSFでもそうできた)。余韻を残しておしまい。そういう物語でよいのだ。広瀬はそれができなかった。