odd_hatchの読書ノート

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中山治一「世界の歴史21 帝国主義の開幕」(河出文庫)-1

 岩間徹「世界の歴史16 ヨーロッパの栄光」(河出文庫)に続く「長すぎる19世紀」の後半。1870年ころから1921年ワシントン会議まで。19世紀が終わるにあたり、ロシア革命という重要なイベントがあったが、それは松田道雄「世界の歴史22 ロシアの革命」(河出文庫)に詳しいので、この本では簡単に触れられるだけ。


 おれなりに図式化してしまうと、フランス革命後の民族国家設立の動きと、産業革命進展による経済発展があって、国内体制をどうするかの運動があった。数次の国内蜂起を経験した国家は、共和政か専制かの違いはあったものの(大きな違いであるが鮮明になるのは第一次世界大戦のとき)、国内は代議制と官僚制、国外には植民地支配という「帝国主義」国家がヨーロッパに作られた。それが1870年代以降。結果、ヨーロッパ内では国家間の戦争はほぼ途絶え、隣接する諸国の領土を奪取するうごきは静まっていく。景気の波はあったものの経済発展があって国内蜂起は収まる(労働環境のひどさはあいかわらずだったので、組合運動は活発であった)。そこで、ヨーロッパ各国はその外に植民地を求めて、政治と軍事を行う。とはいえ、アメリカ大陸やオーストラリア大陸は独立国家ができ、インドの権益は長年の歴史があるので他国は手出しをできず、関心は中近東とアフリカに行く。あいにくこれらの諸地域は、人口が少なく、資源に乏しく(油田開発前だったので)、気候がら生産性に乏しいので、長い関心はひかない。なので、関心は東南アジアから東アジア、とくに中国に集まる。ここは人口稠密、資源豊富、農業生産性高であり、一方で清という国の不安定さが漬け込むすきがあるということで、市場の魅力が高い。
 このころには、国の人口や生産性などに差が出てきて、ヨーロッパの中で中心ができてきた。イギリス、フランス、ドイツ、ロシア。この4か国が相手を変えてのパワーゲームを行う。ことにロシアとどこがくっつくかが数年おきに交代する。ことにフランスとドイツが交互に接近と離反を繰り返す(そのせいか、この時代のフランスとドイツの知識人の本を読むと、それぞれの民族比較を良く行う。ニーチェ、マン、ロマン・ロランモーリス・ルブランあたり)。
 1900年ころになると、一地域のできごとが世界規模に影響を及ぼすようになる。上記の4か国に加えて、アメリカと日本がヨーロッパの4強国に影響するようになる。とくに戦争において。日清や日露の戦争は当事者二か国と戦場の国だけの利害におさまらず、ヨーロッパやアメリカが自国の利害をかけて介入するようになる。この二か国はヨーロッパの帝国主義の影響を受けているが、日本が帝国主義を模したのに対し、アメリカはそのような政策も持ちながら自由民主主義や民族自決などの理念の提唱と実践のリーダーシップをとるようになる。それは20世紀の二つの大戦において顕著。
 日本は戦争によって世界史に登場するようになった。それは朝鮮の植民地化と中国利権の奪取において、ヨーロッパの利害と衝突するようになったため。この国の中では、日清と日露の戦争は自衛や民族自立の意図を持っていたと説明されるのであるが、世界史の記述(すなわちこの国の外の視点)では日本の帝国主義的侵略の意図に対する他の帝国主義国家との衝突として描かれる。すなわち、海野福寿「韓国併合」(岩波新書)の記述のほうが、この国の外の見方に近いというわけだ。そのような認識はこの国には根付いていないので、近代史において他国の人との話でずれる。
 1870年代からしばらくヨーロッパ内地を戦場にする戦争は途絶える。植民地の争奪において、現地の住民や後進国とのいさかいで短期間で終了する戦争はあった(なのでホームズ譚にはインドやアフリカの戦争帰りが頻繁に登場)が、ヨーロッパ諸国には大きな影響にならない。つかのまの安定と均衡が「世紀末」の雰囲気を生む。しかし、政治権力を握るものとそれを支持する満足する人々が安逸しているとき、ヨーロッパの周縁では安定と均衡を破る動きが生まれる。
(西洋、アメリカと日本を含む、の植民地争奪戦に巻き込まれた「植民地」の側からすると、迷惑この上ないことなのであるが、この本では割愛。「世界の歴史」シリーズでは「東南アジア(18)巻」「インドと中近東(19巻)」「中国の近代(22巻)」で、侵略される側の歴史を補完することができる。)

2018/03/09 中山治一「世界の歴史21 帝国主義の開幕」(河出文庫)-2