odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

柄谷行人「終焉をめぐって」(講談社学術文庫)-2

2018/12/03 柄谷行人「終焉をめぐって」(講談社学術文庫)-1 1990年の続き

 

 続けて具体的な問題を読み取る。

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第二部 終駕をめぐって
同一性の円環 大江健三郎三島由紀夫 1988.04 ・・・ 大江の出たばかりの「懐かしい時への手紙」はヘーゲル的構成(自然的意識-自己意識-理性-絶対知への変化・深化)。ラストシーンで循環する時が現出する。これは絶対知であり、老年を示す。老年は固有名を忘れ、一般的なものに向かい、そこに悲嘆をみる。この小説は三島批判でもあり、小説の「外部」としてある。三島は大江の受け入れた老年や悲嘆を拒否し、同一性を確保しようとしたが、それは幻影であった。一方大江は循環する時で同一性の循環を実現している。
(このまとめは自信がない。三島は世界最終戦争としてのWWIIの後に生きている意味を認めず、大江はWWIIが最初の核戦争であり未来の最後の戦争(全面的核戦争)に怯える。終わりにこだわるという意識において、彼らはつながっているという指摘が新鮮。)

歴史の終罵について 1990.03 ・・・ 東欧・ソ連共産主義国があいついで自由主義経済体制に移行し、「西側」諸国では資本主義や自由と民主主義の勝利であると喧伝され、ヘーゲル主義哲学者から「歴史の終焉」が持ち出されていたころ。「終り」という区切りをつけることがイデオロギーであり、歴史に目的endがあるとみること。終わったのはせいぜい戦後体制であり、米ソ対立に対抗する「第3の道」である。資本主義は決済や終わりを先送りにし、目的や情熱をもたず、たんに差異化があるだけ。そのような資本主義が世界化していったのがこの数年のできごと。そこでは国家の解体と国家主義の強化が同時進行している。(1990年の見通しでは、米ソの戦勝国が没落、日独の敗戦国が隆盛であったが、30年たつと、日本だけが没落してしまった。代わりに中国がでて、この4つの強国が世界を駆動している。)
(ほかのトピック。日本のスノビズムは歴史的理念のないところで空虚な形式的ゲームにたわむれるような生活様式。たとえば、戦前の「近代の超克」で、1980年代のポストモダン。日本的スノビズムはさらに蔓延して、いまではアジア主義と排外主義が主流になってしまった。過去に見た風景が再現している。1930年の世界恐慌は資本主義の自動調整メカニズムの信頼を失った。対処法はファシズム共産主義ケインズ主義であり、ファシズムのみ戦争で粉砕。でも共産主義ケインズ主義も戦時経済に移行したことで対処できたのであり、ふたつが有効であったわけではない。民主主義は共同体の同質性を目指すもので、異質なものを排除し、全体主義と矛盾しない。自由主義は同質的でない個々人に立脚し、外国人も受け入れ、表現の自由と権力の分散を大切にする。前者は国家を重視し、後者は国家に無関心。以上は刺激的な指摘。)

死語をめぐって 1990.01 ・・・ 死語というより、使えなくなった言葉。「知識人」「芸術家」「大衆」「生活」「人間」「主体」。当時のニューアカがこぞって批判した言葉や観念だけど、著者の思考からすると、それもまたおかしな議論になる。

歴史と他者――武田泰淳 1989 ・・・ 戦後文学者の代表としての坂口安吾武田泰淳。「司馬遷」に書かれた史記の世界の重要性。ここよりも、前説にあった1935年ころの共産党プロレタリア文学の壊滅(文学者の転向)のあと、日本的な伝統文化が復興し、とくに川端に典型的なように他者や現実を一切カッコにいれた装置で、美しいはかなげで無力な日本を描いた。自分のみたいものを映す鏡のような文学。という指摘のほうに興味がわいた。

小説という闘争――中上健次 1989.06 ・・・ (中上健次の小説は読んでいないので、感想はない。)

死者の眼――森敦 1989.10 ・・・ 昭和10年代に思想的背景を実行した人。森敦の「死者の眼」は拒絶するが、森敦との「対話」は継続する。

漠たる哀愁――阿部昭 1989.07 ・・・ 阿部昭の追悼(阿部昭の小説は読んでいないので、感想はない。)

近代の超克について――廣松渉 1989.11 ・・・ 昭和17年の「近代の超克」座談会の検討。世界情勢の緊迫においてブルジョア近代化の代わりにアジア主義に行こうという自足的で自閉的な思想運動。ここで京都学派の役割は重要であるが、検討が不十分。1970年代からのポストモダニズムは昭和の「近代の超克」(脱西洋)と同じイデオロギー表現になっている(書いていないが1980年代にはポストモダンの流行と同時に、京都学派の再評価もあった)。

 ほかのところで、歴史は一回限りのできごと、目的や目標を持たないという指摘を読んだことがあって(だれがいったかもよく覚えていない)、それからすると「歴史の終わり」「ナントカの終わり」という言説はイデオロギーだし、歴史を物語にするのだなあ、と。1990年ごろに「歴史の終わり」を宣言したフランシス・フクヤマも2000年ごろには「「大崩壊」の時代」を書いて、終わりを先送りしたみたいだ。