odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

狭間直樹「中国社会主義の黎明」(岩波新書) 日本に亡命した活動家と留学生が共産党設立前の中国の社会主義運動をけん引した。

 中華人民共和国の成立に興味をもつと、毛沢東のいた中国共産党にフォーカスするのだが、この本ではそれ以前の社会主義者共産主義者の動向を紹介する。おもしろいのは、日本が彼らの運動に重要な鍵であったということ。
 すなわち、満州民族の支配する清という国に漢民族は反発していたし、阿片戦争以来の欧米・日本の植民地支配にもうんざりしていたので、19世紀後半から中国青年たちは民族独立、国家独立の夢を見るようになった。その理論的支柱として、彼らは社会主義共産主義に興味を持つようになる。そのときに中心的な役割を担うのは、日清戦争敗戦後に武装蜂起に失敗して日本に亡命した活動家とこの国への留学生。彼らが、この国に紹介された社会主義文献を読んで(この国のマルクスの翻訳の最初は1898年とのこと)、中江兆民とその弟子(とくに幸徳秋水宮崎滔天)の著作に影響される。出身州ごとの集まりができて、たくさんの雑誌が作られた。その結果、1906年12月2日、神田・錦輝館におよそ一万人の留学生が集まり、「民報」発刊一周年記念集会が開催された。そこには、宮崎滔天のほかの日本人も演説するが、その中になんと若き北一輝もいた。
 この集会が社会主義運動の象徴となる。著者の興味は、運動史ではなく、中国の思想家・活動家の社会主義共産主義受容にある。とりわけ、孫文の民権、民主、民生の思想に興味を持つ。まあ、今となっては、社会主義マルクス剰余価値説などの理解は浅いとしかいえず(なにしろ意訳や誤訳のある翻訳を通しての理解だから仕方がない)、読み通すのは辛い。それに年代と場所が書かれていないので、いつごろ・どこにいる人の理解なのかはっきりしないので、この本の内容が歴史や地理にうまく当てはまらない。ここらは著者40歳直前のものだから仕方ないか。
 こういう人々がのちの1911年辛亥革命や1919年五四運動にかかわっていって、中華民国の設立に協力したり、反目や野合を繰り返すことになる。そのあと、孫文以下の東京グループとは別に、パリの留学生の集まりであるパリグループができたりして、1921年中国共産党が設立される。そのころには孫文の国民党と共産党は敵対するようになる。そして海外留学の経験をもつインテリ指導者が、毛沢東のような土着の活動家にとって変えられていって、中国の共産主義は独自の内容になっていく。そこは別書で読むべきこと。
 初出の1976年は毛沢東の死去前で、文化大革命の後期。状況が全然伝わらなないので、この国の多くの共産主義者文化大革命を支持していた。これもそういう影響下の一冊。典型的な左翼論文で、語彙や文体が自分のような趣味者には懐かしい。まあ、一般向けではないわな。20世紀初頭の社会主義運動史に興味のある人向け。
(ほかの人の指摘で勉強させられたのが、20世紀前半にこの国に留学していた中国人学生は、日本人による民族差別の被害者だったこと。たとえば、「シナ」を当時の日本人は侮蔑的・差別的に使っていた。それを体験した中国人留学生が、帰国して辛亥革命や五四運動などに参加し、中華民国中華人民共和国の重鎮になったあと、中国は日本に対して「シナ」の使用をやめるように要請する。)