odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロバート・ペイン「毛沢東」(角川文庫)

 もとは1949年刊行、のちの1961年に改訂されて翻訳の定本になった(文庫初出は1967年)。でも、毛沢東はこのあと長年月生きるのであって、1961年以降のことは当然触れていない。とはいえ、1970-80年代には毛沢東の評伝で入手しやすいものはまずなかった(あとは貝塚茂樹毛沢東伝」岩波新書くらいだったかなあ)ので、古本で見つけたときはとびついた。
 著者は多彩な経歴の持ち主のよう。解説によると、英国守備隊士官、文化連絡将校、英文学と造船工学を講じたりと、よくわからない。この本のあとにはレーニンアラビアのロレンスチャーチルらの評伝も書いているみたい。戦時下ではあっても、1940年代前半の中国には、日本軍・国民党軍・共産党が相乱れる中にもかかわらず、英米のジャーナリストが多数在住していて、取材をおこない、レポートを発信していた。スノウ、スメドレーなどがそういう代表。彼らのレポートで、客観的(第三者的)に状況を把握することができた。あいにくそのようなジャーナリストは戦中戦後にこの国にはいないようで、上記のジャーナリストの作品に比肩できるようなレポートはできていない。たぶん明治から21世紀までの150年を横断してみてもそうで、すぐ隣国にありながら、きちんとした取材とその報告がないというのは残念(この国の人々の差別意識の反映とも思えるが、そこまで読み込んでいないので、感想まで)。

 さて、毛沢東という人物。スケールが自分と違い過ぎてよくわからない。偉人であり極悪人でもあって、判断がつかない。ようやくこの人はなしたことの善よりも悪の方が大きかったと思うようになってきたが、ではどこが間違いであったかというと、スケールが違い過ぎて自分の物差しが使えない。
 この本を読んでいくつか。
1920年代に中国共産党は井岡山に立てこもって、陣営を立て直そうとした。その一年間ほどの立てこもりで、共産党の陣容は一新されて、毛沢東が新たな指導者として頭角を現す。この過程がさっぱりわからない。この本でも、そこはミステリーのまま。それまでは田舎から出てきた北京の大学生、地道な運動に励む目立たない人物であったのが、突如数万人の組織のトップに立つ。いったいどうして可能だったのだろう。
毛沢東の生涯で注目するのは、外国体験がほぼないこと。せいぜい建国後にソ連にいった程度。つねに国内にいて、若い時は田舎を歩き回り、長征後は田舎で孤独な暮らし、建国後は執務室に閉じこもる。他の国の共産主義運動ではパリやロンドンやソ連、東京などに留学や移民でいって、西洋の運動や組織を知ったものが、リーダーになった。ところが毛沢東はそういう経験がない。にもかかわらず、トップに立つ。珍しい(まあ、戦前の日本共産党にも外国体験のないものが指導者になった例はあるが)。
・たぶん軍事指導者としてはぴか一の才能。「遊撃戦論」は、資材リソースはないが人材の多い軍隊が勝つ理論としては優秀。戦術の発想が「西遊記」「水滸伝」のような伝説に依拠しているというのも痛快。
・しかし、この人の才能のアップデートは50歳(1894年生まれ)で止まったという感じ。すなわち、ゲリラ戦にかんする戦略戦術は物資の乏しい日本軍や戦意の乏しい国民党軍には通用しても、最新技術と大量の物資を投入したアメリカ軍には朝鮮で勝てない(でもベトナムでは有効で勝利した)。「人民のため」「農民のため」と常に主張していたが、それが行われたのは20代の研鑽時代と、長征後の延安にいたころくらい。それ以外は、党と兵士に囲まれる。
・なので、党で権力を確立すると、他人に対して傲慢なところがでてくる。1949年の建国式典から彼の肖像写真を人民や兵が自発的に掲げるが「個人崇拝禁止」をいいながらも止めさせない。1950年代の前半から党内の粛清を開始。「人民のために」といいつつ、人民からの批判や要望が党の主張や政策を越えるようになると、即座に弾圧する(この指摘は1961年版にあったのに、この国ではあまり問題にされなかった。毛沢東は存命中であって、彼の「思想」に共鳴するグループがたくさんあったせいか)。孫文三民主義を継承するといいつつ、民主主義を実行しない。
・この人の権威主義がめだたないのは、自己演出に優れていたせいか。権威的な意匠を身に着けず、そまつな衣服に帽子を身に着け、ハゲや小太りを隠さず、質素な生活をしているように見せかける。他の政治的なライバルが優雅や富裕の誘惑にまけるようになると、それを理由に更迭する。見かけ以上に政治的寝技の使い手。
・この人は詩人として優れていると評価されている(この本では彼の詩の大部分が引用されている)。この良し悪しはわからない。
・さらに自分の妄想で言うと、思想家としてはダメだったのではないか。この本でも主要論文5つのサマリーがあるが、論旨の飛躍や繰り返しが多いなどの指摘が存命中からあった。それには同意。(最近では主著の「実践論」「矛盾論」も毛自身の筆になるところは少ないという研究もあるらしい。)
 この本には建国以降の記述が途中までなので、毛沢東の事績を追うには不適当。新しいので補完する方がいいのだろうが、あまり気乗りがしないなあ。