odd_hatchの読書ノート

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レフ・トロツキー「裏切られた革命」(岩波文庫)-1

 レーニン死後、スターリンとの権力闘争に敗れ、1928年国外追放1932年市民権剥奪となったトロツキーが1936年に書いたスターリン時代のソ連批判。亡命後はイタリアとドイツと日本のファシズムの勃興があり、著者はそれらの帝国主義・排外主義・全体主義などを見ていた。それがこの本に反映されていて、この国の226事件にも触れている。
 1936年にはスターリンの新憲法が制定。それ以前に、トロツキーカーメネフジノヴィエフなどの対抗する政治家・党幹部はすべて追放されるか粛清されている。警察監視体制・収容所群島のしくみは完成していた。文化統制も完了。それらは報道されない。スターリン後の計画経済はすばらしい成果を達成し、そのことが「労働者の天国」というイメージと一緒に喧伝されていた。トロツキーは、ソ連の発行する新聞・雑誌を読み、そこに書かれた小さな記事を丹念に拾うことで、ソ連の内実を把握していく。この読み取りはすごいものだ。

1 なにが達成されたか? ・・・ 革命からおよそ20年、社会主義革命を標榜したソ連が達成したことを経済指標で評価する。重工業はよい、軽工業や農業、公共インフラはだめ、庶民や市民の生活水準は依然として低い。「準備段階」にあるとみなす。

2 経済の発展と指導のジグザグ ・・・ 戦時共産主義―ネップ―5か年計画―農業の集団化と変転する1920年代経済政策。このジグザグによって、工業と農業の生産性が低下。とりわけ農業の生産性低下は都市の飢餓を招くことになり、富農からの強制徴発となる。結果、農村の餓死、家畜の減少が発生する。
(著者の「ロシア革命史」が10月革命で終わっているので、この章はそのあとを書いたものとなる。サマリーはほかの本でも指摘されていることだが、1936年に書かれていることに注意。あと、トロツキーは「戦時共産主義」と農業の集団化という政策には反対していないようだ。ネップの自由経済市場の復活には批判的で、5か年計画は成長率が低いことに不満、農業の集団化は官僚が富農の合意を取らず強引に進めたことが問題であるとしている。)

3 社会主義と国家 ・・・ スターリンソ連邦は史上かつてない強制の機構で超官僚主義的な性格をもっている。レーニンのいう「ブルジョアジーなきブルジョア国家」が実現している。最近(1936年)の彼らの社会主義のあいまい。トロツキープロレタリア独裁ブルジョア社会から社会主義への架け橋であり、自分自身を廃止することを目的とする(そうして国家が廃絶される)。そのとき生産手段の社会化は個人の生存闘争をなくするものではなく、労働者自身の自主管理や社会教育、労働報酬などの政策が不可欠。しかしスターリンの国家は、それらをしないで国家が統制と分配を担当し、官僚の権力を協力して国家を廃絶するどころか国家を社会主義の目的にしてしまった。
(ここはトロツキー社会主義理論の基本が書かれていると思う。「(プロ)独裁を遂行する国家の任務は自分自身の廃止を準備することにある(P76)」というのは、かっこいいぞ。そこまで言い切った人は知らないぞ。国家を廃絶する(ことを目的にする)国家。これは民族国家に対するアンチテーゼ。)

4 労働生産性のためのたたかい ・・・ スターリン時代の経済財政政策は、歳入<歳出(国債の発行はないだろうからどうやって財政赤字を補てんしたのかな)。貿易高は少ないが経常赤字。国内ではマネーサプライを一気に増やしたためにインフレーションとルーブリ安が起きていた。そうなるのは、労働の生産性が低いことにあり、最大の原因は官僚の不効率性(それを糊塗するために強権が発動される)。当時進行中のスタハーノフ運動の批判。
(以上は古典経済学の説明そのまま。トロツキーがこの種の経済・財政政策の基本に通じていたことに驚き。社会主義は搾取の廃止だけで正当化されるのではなく、労働生産性の上昇とそれによる労働時間の短縮までにある。しかしスタハーノフ運動などは、それこそ労働者の「自発的な」サービス残業を要求するものであったわけだ。意図的なインフレーションと併せて、労働者・市民から収奪する仕組みがスターリンの時代に起きていた。)

5 ソヴェト・テルミドール ・・・ レーニンの目論見ではソ連社会主義革命は周辺各国に伝播するはずであったが、実際は相次いで敗北。そのうえ戦時共産主義の貧困における平等で、分配する資産・資源がない。そのために起きたのは、大衆の疲弊と官僚の権力の増大。政権党であるボリシェヴィキの保守化。これらが相まって、官僚はスターリンを選ぶ。強力な官僚制は民衆の反対を抑圧する。
レーニンボリシェヴィキは秘密結社の性格を持っていて、容易に党員になれない。しかし政権党になり多種多様な行政を運用するには大量の党員を必要とする。経験と知識の乏しい党員が政府の指導通りに動くようにするために、「民主主義的中央集権制」と一枚岩主義が徹底される。そこで保守化と抑圧が生まれるわけだ。皮肉なのは官僚がスターリン――官僚が思いのままに使えるとみなした「能無し」――を選んだのだが、著者は官僚から総すかんを食っていた。政治家にも嫌われてもいて、彼は思想的にも政治的にもレーニンの後継者になれなかった。テルミドールフランス革命の反動クーデターを指す。著者はスターリンを反動とみなしている。)

6 不平等と社会的対立の増大 ・・・ 1930年代の計画経済は経済を発展したというが、その内実を見ると、格差と不平等を拡大している。すなわち特性分野や製品の生産に特化したので、その他の製品・商品が不足し、品質が下がる。商業・サービス業の従事者は公務員になったので、消費者のニーズをくみ取ることをしない。公務員は複雑な階層ができ、上位になるほど自分らの有利になるように財やサービスを分配し、ときに私腹を肥やす。一方で、地方や農民は搾取の対象になり、革命以前の生活水準にもいたらない。彼らの不満は、官僚によって粉砕される。
(計画経済では生産の方に注意がいく。公務員の評価は消費者のニーズをくみ取ることではなく、組織の服従や忠誠に基づく。結果、指導層(官僚や政治家など)に資産が集まるようになり、賄賂や情実の行政が行われる…というようなかつての社会主義共産主義批判の基本がここに出揃っている。組織の成果やパフォーマンスを組織自身しか行わないという体制では、組織は腐敗するしかないわな。組織が失敗しても市場や社会から退場させられることもないし。)


 この本の内容はフレシチョフ「スターリン批判」(講談社学術文庫)よりも網羅的。まあ、政権中枢の文書では批判は自分に跳ね返ってくるとなると、個人の習癖にことを収めようという配慮があるのはわかる。トロツキーはその種の配慮が不要なので、遠慮なく問題を摘出できた。
 さて、トロツキーにとっては、1917-23年の戦時共産主義とネップの時代が革命の黄金時代であった。その間に見られた平等、公平、民主主義こそがプロレタリア革命の輝かしい成果である。彼自身にしてから、革命ロシアの防衛のために、軍用列車で起居し、各地の兵隊や労働者を鼓舞し指揮し交歓した数年間は個人史でも誇り高く輝かしい一時期であっただろう。それがレーニンの死後、急速に反動化する。官僚の権力の拡大、ブルジョア的志向の万延、労働者や農民の貧困(というか餓死)、国民の監視体制の強化、収容所群島、一国の防衛のためにほかの国の革命を阻止、などなど。
 そのような退廃、反動、反革命の様相をさまざまな視点でみる。この「共産主義」批判は戦後の批判の原型になっているだろう。そして、改革のために、トロツキーは自由選挙、複数政党制、経済民主主義(ここは漠然とした内容なのでどのような政策になるのかわかりずらい)を提案する。すべては1917-23年の「革命」時代を取り戻すために。
レフ・トロツキー「裏切られた革命」(岩波文庫)-2