odd_hatchの読書ノート

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和田春樹「歴史としての社会主義」(岩波新書)

 1989年の東欧革命、1990年のソ連邦崩壊を受けて、20世紀の社会主義運動と国家成立を概観する。記述は19世紀初頭のユートピア社会主義から1990年まで。地域もヨーロッパ、ロシアにとどまらず、東欧・中欧、東アジア、東南アジアと広域にわたる。社会主義の思想と運動の歴史を通観した本はめったになく、巨大な社会主義国家の滅亡まで記述したものはまずない。トロツキーロシア革命」は1917年10月革命まで、カー「ロシア革命」は1929年まで、松田道夫「ロシアの革命」は1960年ころまでで記述が終わっている。その後の停滞と崩壊までを書かれているので、非常にありがたい。もちろん新書という制限の中で、広範な記述をしているので、個々の事象は薄味になるのは仕方がない。

 いくつか参考になったことを箇条書きに。
・初期の社会主義ユートピアとして構想された。当時の専制や資本主義が個人の生活を保護せず、貧困を放置していたので、社会が資産を持つことによって個人の生活を豊かにすることを目指したのだった。ただ、社会を優先することで家族や貨幣の廃棄を要求し、個人の自由は制限されるような仕組みで考えられた。
・1914年からの第1次世界大戦は、総力戦(戦闘の前衛も後衛もなく、全国民が戦争に参加する)になった。これに対応したのは、ドイツの戦時社会主義(戦時経済統制とそれを支える国家の官僚制)だった。ロシアの専制は総力戦を戦えない(日露戦争で露呈していた)。なので、労働者や兵士の不満が高まり、国家転覆の運動が起こる。最終的に権力を奪取したボリシェヴィキはドイツの戦時社会主義を模して、戦時共産主義をつくる。工場の国有化や貨幣なき現物経済、国民の兵士化など。不効率と不公正が発生して、内戦が終了したあとネップで市場経済を容認する政策に代わる。しかし、スターリンが政権を掌握すると、ネップは否定され、再度戦時共産主義が復活。
・第2次大戦になると、外に明確な敵が現れることで、自然発生的な非スターリン化(恐怖やテロで統制しなくとも、国民が自発的に戦時共産主義を効率的に運用し、適用する)が起こる。もともとドイツの戦時社会主義を模した戦時共産主義が、ドイツの国家社会主義と対峙することになったわけだ。
・現在(2014年)、ウクライナ共和国とロシア共和国の間に混乱が起きている。ウクライナの親ロシア派がウクライナの独立に反対している。ロシア革命史をみると、1917年にロシアの都市の蜂起が起きた後、ウクライナで民族問題が起きる。

ウクライナの民族革命はウクライナ人民共和国の成立を宣言していたが、ウクライナのロシア人労働者はソビエト権力を宣言し、これと対立する。民族革命とソビエト革命の対立をレーニン政権はモスクワからソビエト革命軍を派遣して、軍事的に清算した。ウクライナ人からみれば、大ロシアの侵略である(P77)」

 第2次大戦後、ソ連は隣接する東欧各国の独立に介入し、親ロシアの政権をそれぞれに立てたわけだが、その端緒がウクライナであったわけだ。
 以下の指摘が面白かった。ジョン・リード「世界をゆるがした十日間」(筑摩書房)は革命の祝祭イメージを醸し出した(のが、読者の人気を博した理由)のである。ああ、そのとおりだったなあ(と初読の時の興奮を思い出す)。E.H.カーは外交官を辞した後大学教授になったが、ソ連の計画経済に魅了されていて、

「経済面での平等と自由をめざす新しい民主主義、政治的な民族自決の権利と経済的相互依存の必要との調和、計画的消費、生産を決定する要因としての利潤の考慮の放棄がめざされなければならないとカーは結論した(P132)」

とのこと。なるほど、「ロシア革命(1979年)」の記述が1929年で終わり、スターリンの独裁と粛清が書かれなかったのは彼の社会主義とか計画経済への憧憬が含まれていたからかと忖度する(この国の1930年代の大蔵省などの官僚も「計画経済」に魅了されていたよなあ。彼ら官僚は経済運営の権力を求めていたのがカーとの違いか)。
 さて、1989-91年の東欧革命やソ連邦崩壊はユートピアとしての社会主義から覚めることなったのか。著者はそこには触れない(1992年初出)。行き先不透明だったからね。