odd_hatchの読書ノート

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ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-2 先進国の豊かな社会で成功した人なので、論調も市場経済を擁護する保守的なもの。

2020/11/10 ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-1 2006年の続き

 

 後半は雑多なテーマ。大きくみると、市場の失敗の克服というところか。

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第6章 合理的な狂気 ・・・ 予測可能な情報を収集して合理的に思考すると、予測不可能な情報に反応してランダムな変動を起こすようになる。株式市場の話。たとえばPERの年推移をみると、平均16%のラインを上下する(それは経済の好不況と相関)。しかし投資者は株式は上昇する、企業の利益は年々増加するという期待を持つので、短期的な傾向を示すことがある。

第7章 本当の価値をなにひとつ知らなかった男たち ・・・ ゲーム理論。きわめて希少性の高い商品が少量しかないとき、どのように価格をつけるか。誰もそれを買ったことがないときに。それを行うのが入札。ゲーム理論の研究者がさまざまな入札のシステムを考える。入札者は売り手とライバルの意向を読み取って最適値を見つけようとする。売り手の希望価格を超えるときもあれば、下回ることもある。

第8章 なぜ貧しい国は貧しいのか ・・・ 最貧国のカメルーンとネパールのドキュメント。カメルーンでは無能な支配者による盗賊政治が無能な官僚をつくり、税金を払わないので賄賂が横行するなど社会全体が腐敗する。ネパールでは巨額投資プロジェクトの維持管理を誰も(役人も現地の農民も)行わないので、無駄になっている。人治主義によることなかれ政治に、生産的に行動する適切な誘因(起業、公共サービス維持、教育など)を社会が与えないので、経済が効率化しない(そこでは市場や資本ができない)。
(最貧国の市場と国家はヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上下」(日経ビジネス文庫)が取り上げていないので重要。)

第9章 ビールとフレンチフライとグローバル化 ・・・ 21世紀ゼロ年代グローバル化。ここではグローバル化のなかで貿易の拡大と対外直接投資だけを問題としている。グローバル化を危険視するのは、環境汚染の拡大、投資先の貧国国の搾取強化、特殊利益集団の利権拡大。著者はいずれも生じないという。環境汚染は企業も投資先国家も監視し対策している。搾取工場も経済成長のためにはよい(それ以外の職業よりまし)。特殊利益集団に便益を図っても孤立するだけで、経済成長がストップする。
(たとえば貧困国の搾取工場に抗議するために不買運動をするのは、現地労働者の職を失わせることになるから逆効果であるとか。本書のグローバル化は先進国から貧困国に投資して現地住民を雇用するというモデルになっているが、最近のグローバル化には貧困国から移民や難民が来て劣悪な環境におかれるというのもある。これは良い対策を出している国はまだないのではないか。あと世界企業が現地の利益を国外に持ち出し税金を払わず、地元に還元しないというのも考慮されていない。)

第10章 中国はどのようにして豊かになったか ・・・ 1976年の「大躍進計画」以降の中国賛美と、それ以前の毛沢東政策非難。毛沢東共産主義は人類の災厄であるが、同時にそれ以降の共産党の政策も悪質なのだ。ここには天安門事件は出てこないし、他の民主化運動の弾圧も無視。少数民族の差別もかかれない。カメルーンのビヤ大統領の無能さはきちんと書いたのに。

 

 この覆面経済学者は自分でいうように先進国の豊かな社会で成功した人。なので論調も市場経済を擁護する保守的なもの。
 市場経済のほうが計画経済よりも効率的で生産的であるのか明らかだけど、同時に市場経済の公正さを担保するのは政治の民主主義と自由主義が機能していることだとおもう。中国経済は21世紀になって驚異的に成長・発達しているが、一方で民主化が損なわれ、多数の個人が迫害されている事実も重要。そこまで考慮した議論を読みたい。
 経済学者の書くものは政治への視点が不足し、政治学者の書くものは経済学の知識が不足していて、なかなかよいものがないのだよなあ。