odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フィリップ・K・ディック「高い城の男」(ハヤカワ文庫)-1

 PKDの小説では、しばしば社会はきわめて不合理でどのようなルールでうごいているのはまったくわからなかったり、理解不能・コミュニケーション不能な存在に支配されている。いわば「狂った世界」である。その狂った存在は不可視であることが多いのだが、この「高い城の男」では明確に人間の仕業であることが分かっている(とても珍しい)。

 それはふたつのシステムとしてある。第2次世界大戦は読者の物理現実では英米他の連合軍が勝利したが、この小説世界では独日の枢軸国が勝利した(その理由はアメリカのF・ルーズベルト大統領がナチス誕生とほぼ同じころに暗殺されて、無能な大統領が指導したせいとされる。この架空戦史はよく練られている)。そのため、アメリカは独と日が分割占領。現地政府はあっても、それぞれの占領国の意向が働いている。戦前の体制が残っているので、日本では軍政であり、しかも政府や内閣よりも、軍人や長老の意見が政策に反映される。そのうえ日本人のメンタリティはルース・ベネディクト菊と刀」のままとされる。ドイツはもっとすさまじく、ヒトラーは存命するものの脳梅毒で収容され、ナチス高官の覇権闘争が継続している。この時代は年号がはっきり書かれていない(読み落としたかも)が、戦争終結(1947年)から十数年後の1960年くらい。おりからドイツの大統領ボルマンが死亡。SSとSDが奪権のために暗躍する。このときSDのゲッペルスが次期大統領になり、「タンポポ作戦」を実行するつもりでいた。すなわち、枢軸とはいいながらかならずしも同盟関係にないので、独は日の占領地を奪取したい。そこで日本の占領地であるアメリカ西海岸に核戦争をしかけ、日を一掃するつもりであった。SS(なんと!)はこの作戦をやめさせるために、スパイをサンフランシスコに送り、日独の交渉を試みる。スウェーデンの商人としてサンフランシスコに入ったバイネスは日本の通商大使・田上に接近する。おりから、日本の長老のひとりがサンフランシスコにお忍びで入稿しており、バイネスが田上隣席で長老との会談を試みる。その情報はSDからドイツ大使にもたらされ、アメリカ警察を動かしてスパイを逮捕しようとする。「タンポポ作戦」を中止できるだろうか・・・。というのが、小説の大状況。
 世界は独と日で二分され、どちらも狂信的全体主義国家であり、監視は当たり前で、密告も奨励されている。そのうえ占領地では、一見平穏であっても、被占領者は占領軍を快く思わず、いつテロルや反乱の標的になるかもわからない(と占領者はみなしている)。ベッドの中でさえ、安心できる暇はなく、政局が混迷するほどに政治グループが暗躍し、どの派閥によい顔をするかでその後の身の安全が決まる。そういう緊張と不安の中にいる。
 もうひとつは、ドイツと日本が1930年代に制度化した人種差別が継続し、拡大していること。ドイツではユダヤ人の「最終的解決」が継続し、共産主義者も対象になっている(なので東欧からロシアには強制収容所だらけ)。さらにアフリカの先住民族も対象になり、大規模なジェノサイドが実行された。日本の占領地域では、アジア人に対する差別がそのまま継続。アメリカの占領地では白人が日本人より下位の人種とされ、日本人(>ドイツ人)>白人>その他という差別の構造ができている。小説の冒頭では、日本人によるアメリカ白人とその他人種への、アメリカ白人によるその他人種への差別が繰り返し描かれる。ここはきわめておぞましい描写(まともに読むのがつらくなるくらい)。戦争に勝利した人種といっても、日本人とドイツ人はそれぞれが差別の感情を持っている(日本はドイツほど経済・技術が発展していないので、卑屈な感情をもっていて、それがアメリカ白人への嫌悪や侮蔑に変わる)。この何重もの差別が目に見えるように行われているのがこの小説の舞台。
 世界の狂い方はこの2通り。登場人物がいうように「狂人が世界の権力を握っている」だけでなく、レイシズムが蔓延しヘイトクライムが横行し、権力や司法が差別行動を率先して行う(逮捕したアメリカの市民権をもつ亡命ユダヤ人を国外追放する。ドイツの秘密警察が逮捕し収容所送りになる)など。そのうえ、アメリカが敗戦したことで、アメリカ国民は自信喪失になっている。ドイツや日本の軍に負けたのみならず、文化や精神でも負けてしまったと認識している。なので、日本やドイツの圧政に対して市民的抗議が起きない。レジスタンスの組織も作られない。みんな等しく日本とドイツの戦勝国のやることを受け入れている。理不尽なことをいわれたり、やられたりしても、アメリカ人である自分のいたらなさや弱点と思ってしまい、萎縮してしまう。なので、日本人のふるまいに神秘的な権威を感じ、彼らの文化を知ろうと努力する(その表れが「易経」に対する過剰な興味と実践)。
 この3つがないまざった架空の「アメリカ」は、草の根民主主義個人主義自由主義をベースにするアメリカの市民社会からすると「狂った」ものに他ならない。


2018/08/27 フィリップ・K・ディック「高い城の男」(ハヤカワ文庫)-2 1962年
2018/08/24 フィリップ・K・ディック「高い城の男」(ハヤカワ文庫)-3 1962年