odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フィリップ・K・ディック「火星のタイムスリップ」(ハヤカワ文庫)

(以下の感想で「自閉症」「分裂症」などを使いますが、作中の用語として扱います。現実の症状とは一致しないことをご了解ください。)

 火星の植民が開始されたが、あまりの不毛さに自給自足は遅々として進まない。脱出するものもおおい(なので映画「ブレードランナー」のように植民キャンペーンが地球で行われている)。地球からの支援物資は少なく、修理して大事に使う(なので修理人はひっぱりだこ)。密輸品は高価で、闇取引される。そのうえ火星の水の配分は生存に直結しているので重大事。ここに、水利組合をつくり、その長に収まって利権をむさぼり、密輸業者と結託して他の植民者とはけた違いの豪奢な暮らしをする企業家がいる。彼は地球の国連がひそかに進めている開発計画の情報を得て、一攫千金の投機を考え出す。すなわち、火星の先住民族が聖地としている丘に巨大アパートと付属施設をつくり、植民者を呼び起こそうというのだ。その土地を上手いことかすめとり(先住民族は土地の所有権という概念がないので法律上は無問題)、高く国連に売りつけようとする。企業家アーニィは土地に悔いを打ち込むために出向いたが(アメリカの開拓時代のやり方を踏襲)、途中事故に遭遇し、機会を逸してしまった。その間に地球の投機ファンドが土地を抑えてしまう。このくじけない男はどうにかしたいと考える。目を付けたのは、密輸業者の息子。この自閉症児は時間感覚がわれわれ(作中人物および読者)と異なり、時間をコントロールできるらしい。そこで、優秀な修理人を使って、この子供とコミュニケーションする機械をつくらせる。ようやくコンタクトできたのは機械ではなく、先住民族。彼の伝えた異様な指示を実行したら、過去に戻ることができた。のだが・・・
 表層の物語はこんな感じ。小悪党が手に余りそうな利権を獲得しようとして画策する。ライバルや当局を出し抜いて、宝の山に手をかけるまでに至った。しかし・・・。という1950-60年代にハリウッドで量産された犯罪映画によく似た意匠をもっている。小悪党の周囲には、有能な部下や得体のしれないゴロ、着飾った愛人がいて、というのも似通っている。
 でもこの小説がユニークになるのは、周辺人物たちだ。とくに分裂病から快癒した修理人ジャックと自閉症児マンフレッド。ことに後者の子供の認識様式。上にあるように、この子供は時間感覚が通常の人とずれている。われわれの行動は彼には早すぎてパターンを残さない。そのうえ過去と未来を一気にみてしまい、自分が生まれたときから死ぬまでを何度も繰り返し見ている(彼は国連の計画した施設が100年後に廃墟になったときにも生きていて、医療機械につながれていながら、周囲とコミュニケーションできない。そのような120年を10歳になる前に全部見ている)。なので、この子供には生は地獄の謂いであり、世界は苦痛を与える支離滅裂なものでしかない。彼はそれを表現する言葉を知らないので、自分で造語したガブル(動詞)、ガビッシュ(名詞)で闇と恐怖を表現するしかない。さらに、彼の認識とイメージは周囲の人にうつっていく。とくに分裂症を持っている人に。なので、マンフレッドの面倒をみていた修理人ジャックはマンフレッドのような進まない時間と恐怖と憎悪の世界を体験する。それは彼の症状を思い出させ、再発の予感をもたらし、彼を恐怖に陥らせる。この二人の世界認識のしかた、そこでおこる自己同一性の喪失などが生々しい。ジャックの口を使って、精神疾患は「重要な意味を持つ事物に対する知覚障害」「思いやりある人がいる世界からの疎外」「自我の果てしない流出、自己喪失」が起こるというのだが、まさにそのような事態が書かれる。とくに、過去に戻された企業家アーニィがマンフレッドの自閉症の認識様式がインストールされて、それまでの「あたりまえ」が気持ち悪いことに、耐えがたいことになり、疲労困憊させる数ページの記述。ここは圧巻。うえの知覚障害、世界からの疎外、自己流出をテキストにこれだけ詳細に描かれた例を知らない(たぶん研究者はドスト氏「白痴」のムイシュキン公爵と比較しているはず)。
 そのうえ、紹介した3人のみならず、ほかの登場人物が本筋と関係なさそうな挿話が語られていたのが、クライマックスではそれぞれが重要な役割を果たし、一つの筋にまとまる。このプロットの緊密さはこれまでの長編にはなかった。この小説テクニックも冴えている。脇役と思っていた人たちにも、人生の悩みやエゴの苦しみがある。われわれとおなじようなちょぼちょぼの人間が深い問題を抱えていて、それがわれわれにも共通する欠点を抱えながら、小説の最後には何かしらの解決や自己変容に至っている。ここまでの深さと共感をもって、キャラクターを描く筆もみごと。
 1962年10月31日SMLA受理、1964年出版。
 と絶賛したいところなのだが、この小説は実は危険。修理人ジャックは自閉症児とコミュニケーションするための機械をつくる。その結果自閉症児のエンパシー(共感力)は人に強烈に働き(なんとマシーン・ティーチャーにまで)、現実認識を変えてしまう(マシーン・ティーチャーは「あなたを合成します」の模擬人間体をおもいなせえ。実際、歴史上の有名人がマシーン・ティーチャーになって子供らの教師になっている)。それを同じ効果をこの小説はもっている。ジャックやマンフレッドたち(この小説には分裂症と自閉症を発症している人たちがほかに多数登場)が恐怖の声にならない叫びをあげるように、読者はテキストを通じて現実崩壊を疑似体験する。おれは自分のPDや抑鬱のときのことを思い出して、何度か症状がでてしまったぜ。体と心によくない。できれば読まずに済ませたかった傑作。でも読んでしまうと、読者のガビッシュがガブルされて、あたり一面ガビッ