odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)-2

2021/11/19 塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)-1 2008年の続き

 

 以後は20世紀後半。政治的軍事的な世界制覇をもくろむ全体主義はついえて、民族自決と自立が輝かしい理念になる。大帝国が崩れた後、植民地が独立する。その際に、帝国主義宗主国が作った行政区分が新たな国家の領域になり、民族の領域と一致しなかった。隣国や宗主国との関係、国内のマイノリティ問題を抱え、国民意識ナショナリズムによる統合に苦慮する。

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第3章 民族自決論とその帰結―世界戦争の衝撃の中で ・・・ WW2から冷戦終結まで。19世紀のナショナリズムと異なるのは、資本のグローバリゼーションが進行していち早く国境を資本が越えたこと。新旧の帝国が植民地の支配権をなくしていったこと。それまでは少数の未開の集団は大きな「文明的な」民族に吸収されるという考えであった(マルクスエンゲルスも)が、民族自決論がでてくる。WW1後には、先進の国民国家でも国家統合の再建があり、参政権の拡大・社会保障の充実が政策になった。植民地の独立が起きたが、宗主国の行政区域が新たな国家になり、民族の領域とは一致しないことがあった(ユーゴスラヴィアインドシナインドネシアなど)。注目はソ連で、アファーマティブアクションを推進したがそれが新たな問題を産む。ソ連のように少数民族を抱える中国では同化と自立の政策がある。ほかには、アラブとイスラエルユーゴスラヴィアベトナムなどで国民国家間、かつ民族間の対立がある。
民族自決論に基づき、WW2の後に植民地が独立した。そのさい、領土は植民地時代の行政区域でわけることになった。民族と領土が一致しない国ができ、ナショナリズムを作るのが難しいことがあった。少数民族は同化を強要され、圧迫・迫害が起きた。われわれに近しいのは東南アジア諸国。)

第4章 冷戦後の世界 ・・・ 1989年以降。米ソ対立が消える。大きな変化は、国際秩序の再編成とグローバル化ソ連の圧力にあった国家群が独立することになったが、隣国の異民族や国内の少数民族の問題から戦争や内戦になるケースがでる。同じ民族が複数の国家に分かれている状況もある。民族自決はかつてのような至上の正義ではなく便宜的な理念になった。国を離れて移動する人々がでて、移動先の国の少数民族となる。先住者と移民・難民との軋轢が起こり、極右・オルトライト・ウルトラナショナリストの排外運動やヘイトクライムが問題になる。歴史問題が複数の国の国際問題になる。日韓・日中の歴史問題、ドイツと周辺国のナチス問題、ロシアとウクライナの虐殺など。戦争犯罪や虐殺などで加害者と被害者の関係が輻輳し、自尊感情とまじりあって解決を困難にしている。
(ここには出てこないが、イスラミックステートという「国」ができたり、ウガンダの民族ジェノサイドが行われたり、アジア諸国少数民族迫害があったりと、ナショナリズムと国家の問題は複雑多岐にわたる。EUのような超国家ができてマイノリティ問題が解消する傾向もあれば、旧ソ連圏の中近東付近や東アジアのように超国家連合があってもおかしくない地域が統合に向かわないのもある。)
 冷戦後のヨーロッパの統一は下記を参考に。
2020/10/08 梶田孝道「統合と分裂のヨーロッパ」(岩波新書)-1 1993年
2020/10/06 梶田孝道「統合と分裂のヨーロッパ」(岩波新書)-2 1993年
2019/07/12 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1 2007年
2019/07/11 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 2007年
宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書) 2004年
2020/10/02 三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-1 2006年
2020/10/01 三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-2 2006年

第5章 難問としてのナショナリズム ・・・ ナショナリズムをどう評価するかは難しい。それぞれが固有性と普遍性を主張しているが、ファシズム・領土拡張主義・レイシズム・排外主義と結びつきやすく、紛争・内戦・ジェノサイドなどの犯罪を起こすことになった。では「よい」「健全な」ナショナリズムはあるのか、「悪い」ナショナリズムにはどう対応するのか。とくに民族間紛争が戦争状態になった場合、どちらかを「悪」「不正義」とするやり方は事態の解決につながるか。

 

 本書のようにほぼ全世界の国家や地域のナショナリズムを総攬すると、ナショナリズムの現れの多様さに驚く。というよりも、これまでナショナリズムを西洋由来で、国民国家との関係で考え、西欧とアメリカ、東アジアとこの国でしか見ていなかったのがいかに狭い見方であったのかと憮然とさせられる。そのうえ、ベトナム戦争第三世界が問題になった1960年代の枠組みである大国のナショナリズムはダメで、小国のナショナリズムは容認という態度もよくないことに気が付く。おそらく昭和の枠組みでは、イスラミックステートや西洋のイスラムフォビアをきちんと批判することができないはず。
 人種差別や民族差別のことを調べ勉強していると、ナショナリズムはやっかい。レイシズムや排外主義を批判・否定する際の根拠にナショナリズム愛国心を使うのはうまくいかないから。レイシストナショナリズム愛国心は「悪」で「不正義」であるという指摘では、彼らに突き刺さらないし、周囲の無関心な人々にも届かない。彼らの内面や動機を持ち出すのではなく、彼らのパフォーマンスと成果がダメであることを示したほうが良いと思うから。くわえて、レイシズムや排外主義はナショナリズム愛国心から生まれたのではなく、実際は逆であってレイシズムと排外主義が彼らの核心であり、ナショナリズム愛国心はいいわけに過ぎないと考えている。
 とはいえ、ナショナリズムがなくなるわけではないし、ナショナリズムが国民統合の象徴として機能していることも理解する。本書を読んでナショナリズムが明解になったというわけではなく、むしろあいまいなところに突き落とされた感じ。