odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「アッシャー家の弔鐘 上」(扶桑社文庫)

 ポオ「アッシャー家の崩壊」は、実在するアッシャー一族の秘密に肉薄する驚くべき文書だった!
 アメリカ中部とおぼしき田舎町アッシャーランドには、アッシャー一族の住む屋敷がたっている。以前はロッジと呼ばれる巨大な、図面もない館があったが、先代が放置してからは誰も入ることがない。それ以来、ロッジには幽霊や化物のうわさがたえない。パンプキンマンという子供さらいやグリーディガッツという黒豹が人を襲うというのだ。山の人は夜になると家にこもり、灯というと松明しかない森やロッジには決して近づかない。
 このアッシャー家は18世紀末頃にウェールズから移住してきたのであるが、ある時期(アッシャーランドに来た頃)から突然羽振りがよくなり、さまざまな事業に手を出し、南北戦争の際兵器の製造販売で莫大な利を得た。以来、政府や軍から絶えず依頼と注文が来て、アメリカの軍事政策に影から寄与している。
 奇妙なのは、この一族は男系で、先代から次の代に変わる際に、何らかの秘儀を受けるらしい。その恐ろしい秘密は当主の性格を一変させ、偏屈と孤独にふけり、莫大な権力をふるうばかりになる。そのうえ、一族はみな神経過敏なところがあり、疼痛の発作は専用の無音室にしばらくこもらなければおさまらない。その苦痛とストレスは老化を促進させ、アッシャーランド以外の地では生活が困難になるほどだった。

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 アメリカでゴシックホラーは可能だろうかという疑問に応える作。アメリカには入植以来の歴史しかないので、どうしても18世紀半ばころまでしか遡れない。そこでポオの「アッシャー家の崩壊」を中心に据える。ポオの華麗で重厚なホラーが本作の重苦しさを醸す重要なキーになっている。ほかにも「アルンハイムの地所」「ランダ―の別荘」がアッシャーランドの描写に反映されていたり、「アモンティリャードの樽」がロッジの地下室に、「陥穽と振子」があるモチーフに使われていたりと、ポオの諸作のパスティーシュがそこかしこにある。好事家が読んでニヤリとする場面が多数でてくる。
(思い返せば、この国も古い妖怪や怪奇を伝承するホラーや怪奇小説がありそうなものだが、歴史をたどるものは少ないようだ。自分の読んだ範囲でのことではあるが。おそらく近代になってから歴史が二度切断しているため。ひとつは明治維新、もうひとつは15年戦争の敗戦。これによって、古い一族の伝統が切れてしまった。古い妖怪や怪奇をリアルにできたのは、横溝正史の戦後長編探偵小説(の一部。「本陣殺人事件」「獄門島」「八ツ墓村」「犬神家の一族」くらい)まで)。京極夏彦荒俣宏のはなあ、ちょい違う。どこがそうとはいえないが。)
 さらに土地の神霊の存在も加える。アッシャーランド自体が神霊の場所として入植以前からネイティブの人々によってあがめられていたらしい。ロッジの周辺には、その土地のうわさや伝承を信じる人々が山にこもって暮し、一部はアッシャー家の従者として長年使えている。彼らの迷信深さは頑迷であるのだが、それはアッシャーランドができてから毎年のように、子供が行方不明になり、遺体すら見つからずに消えてしまうところにある。彼らはパンプキンマンと名付けら怪人を怖れる。
 この小説は大きく善と悪の葛藤、相克で物語が進む。悪は土地の神霊(ここでは「おやかたさま」と呼ばれる)がもたらすもので、真意を人が認識することはできない。せいぜい、特殊な能力を持つ者だけが、「おやかたさま」の呼びかける声をきくことができるくらい。それも単に「味方になれ」くらい。
 そのような悪への誘いの「声」にあらがう二人の葛藤が現れる。前作「ミステリー・ウォーク」のテーマを継承したもの。ただ、この小説では悪への誘いはとても強く、それにあらがう善の力は弱い。というより、悪に染まり誘われることへの嫌悪や拒否が前面にあり、善を成す意志の力は弱い。古くから伝わる「もの」に蓄えられた善の力によらないと、悪への誘いの声に対抗することができない。ここは本作の弱点であり、次作の「スワン・ソング」で検討する課題になる。 

  

2019/03/25 ロバート・マキャモン「アッシャー家の弔鐘 下」(扶桑社文庫) 1984年に続く