odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク 下」(福武書店・創元推理文庫)-2

2019/04/01 ロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク 上」(福武書店・創元推理文庫) 1983年
2019/03/29 ロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク 下」(福武書店・創元推理文庫)-1 1983年

 

 「シェイプ・チェンジャー」は、太古からある邪悪な「存在」であって、恐怖を利用して自分をより強大にしていく貪欲な獣とされる。いつからいて、どうして人間にかまうようになったのか(なぜか死者を見る能力のあるものだけを特定して襲うようだ)、なぜ邪悪をもくろむのか、その辺りは不明。ここは神や天使の栄光をねたみ、彼らの失敗をほくそ笑むために、人間にちょっかいを出す「悪魔」を思い出せばよいだろう。にしても、人間は自律と自制を貫徹しないと、悪に落ちる性向があるというのに(ビリー一家の住むホーソーンの住民を見ればよい)、あえて介入する意図がよくわからないのだが。
 そのような悪はマキャモンの小説では人間の「外」にあるものとされる。太古の昔からあり、土地に根差し、時間と空間の制約を受けずにどこにでも偏在していて、姿を変えながら、普遍性を保つ。このような悪はこの後の小説でも継承される。「アッシャー家の弔鐘」の「おやかたさま」であるし、「スワン・ソング」の「緋色の目の男」である。超自然的な存在を仮構することはモダンホラーにはよくあること。ただそのような「外」の悪は次第に小説から消えていく。思うに、「シェイプ・チェンジャー」のような太古からある邪悪な存在は、「外」にあるのではない。たんに共同体の中のうち、異質なものを集めて「外(とみえるが実は周辺)」に仮構したのだという認識になったのだろう。すなわち、ホーソーンの住民たちは差別や恐怖をもっているが、それを日常の町の生活であらわにすることができない。内心に埋め込むにはあまりに巨大すぎ、噴出しないと内部で爆発する(第1部で家族を惨殺した中年男のように)。なので、差別や恐怖は形を与えて「外」に追い出す。それが「シェイプ・チェンジャー」となって表れる。だから「シェイプ・チェンジャー」の邪悪さはホーソーンの住民に感染し、第1部の終わりでビリーや父ジョンへの暴力やリンチとなって現れるのだ。そこでは「シェイプ・チェンジャー」がすることはない。「シェイプ・チェンジャー」が戦うのは、ビリーやラモーナのような共同体と他の共同体の間にあって、共同体の善や悪の規律に従わないもの。複数の共同体が交通しあう「社会」の正義を具現化しようとするもの。「シェイプ・チェンジャー」の共同体の悪は、社会の正義を引き釣り落とすよこしまな心というほかない。
(なので、「シェイプ・チェンジャー」は社会にいるレイシストやカルト、ニヒリストなどの集大成に思えた。ビリーの父ジョンのリンチにきたクー・クラックス・クランなどは「シェイプ・チェンジャー」とまったく同じくらいに似ている。恐怖を利用して、他人を貶めて自分らを強大に見せかけようとするところなど。)
 だからのちの小説では、悪は共同体の外には現れないようになり、共同体の中の問題とされる。「少年時代」ナチスの残党がそうだし、「遥か、南へ」で主人公は自分の罪のことを常に考えるようになる。そうすると、悪の克服は「外」にある「シェイプ・チェンジャー」などの魑魅魍魎との戦いではなく、自己自身にあるよこしまな心、正義の実現に躊躇する臆病さなどを乗り越えることになる。
 それがよく表れているのは、本書の最終章でホーソーンの町に帰った時、ビリーをいじめていた高校生の末路。レイシズムや他人の侮蔑を単に楽しんでいた男は、被害者の出現にうろたえ、死者が自分の心に住み着く。男はすっかり打ちのめされ、ビリーは彼を助けることができない。その男の家族でも教師でもない読者は、哀れと同情しても、共感は持たないし、手を差し伸べることもしない。そういうものだ。
 あと、気の付いたところは、いくつかもモチーフがのちの小説で繰り返されること。ビリーの手にある石炭のかけらは「スワン・ソング」のガラスの環になり、繰り返し見る悪夢は「アッシャー家の弔鐘」の主人公に引き継がれる。なにより、選ばれた能力を持つ若者が「神秘の道」を歩くというのは、この上にあげた二作で繰り返される。ビリーの小学校時代は「少年時代」のコーリーに重なり、ビリーの褐色の肌のスティグマは「遥か南へ」のバウンティ・ハンター、フリントの不機嫌さに姿を変え、ビリーとボニーの「ボーイ・ミーツ・ガール」は「スワン・ソング」や「狼の時」にもでてくる。それくらいに著者の資質が現れたもの。「奴らは乾いている」もそつがないが、本作でマキャモンは重要な作家に転じた。