odd_hatchの読書ノート

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名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-2 昭和初期の探偵趣味の短編を収録。好況期の日本人は西洋を相対化できる余裕をもっていた。

2019/08/26 名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-1 の続き

 

 後半は昭和にはいってから。探偵小説(推理小説よりずっと広いジャンルをカバー)の書き手が増えて、主に雑誌に小品を書いていた。さまざまな理由で長編を書かなかった人たちを集める。この巻はくせ者ぞろい。

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海野十三 探偵小説川柳「また帆村 少々無理な 謎を解き」。SFの始祖のひとり。敗戦後断筆。
振動魔 1931.01 ・・・ 不倫の子をどうしても堕胎させたい実業家。庭に音響実権施設をつくり、婦人を巧妙に誘う。低周波の振動が事を起こすというのはありえないが、十三の文章の中ではリアリスティック(何しろ日本の探偵がピストルを構えるのだ)。
俘囚 1934.06 ・・・ 死体ばかりいじっている高齢の夫(医学博士)を若い妻が殺した。そのときから周囲に得たいの知れないことが起こる。京極夏彦魍魎の匣」の先駆で、ポー「使いきった男」パスティーシュ
人間灰 1934.12 ・・・ 雇用人が次々と失踪する湖沿いの空気工場。いなくなるのは決まって西風が吹くとき
(十三はたいてい途方もない科学的トリック、むしろ技術的トリックといった方がよいか、に注目が集まるが、自分の目に入ったのは饒舌でリズミカルで若さを前面にだした文章。これらを書いたときは30代だったので、若い文章を書けた。のちの太宰や昭和軽薄体の前駆。)

 

牧逸馬  牧逸馬「世界怪奇実話」(光文社文庫)も参考に。
上海された男 1924.04 ・・・ 神戸で殺人犯と目された森がノルウェー船にのる。そして上海される。すなわち「通行人を暴力で船へ摸って来て出帆後、陸上との交通が完全に絶たれるのを待って、出帆後過激な労役に酷使」される。そこには死んだはずの男もいて。同じ名前を二人が使い、犯罪隠匿のためにアイデンティティがごしゃごしゃになるのがみそ。
(この「上海された」がわからなかったが、堀田善衛「上海にて」集英社文庫P184に説明があった。

「(上海の)ブラディ・レーンというのは、船着場に近い、船乗り相手の淫売窟街で、日本人たちは、血の雨横町と呼んでいたものであった。この横町で、to shanghaiという動詞がつくられたのであった。動詞シャンハイは、上海でよりも、むしろアメリカ西海岸の港々でつかわれたことばであって、人間をかどわかして来て、無理無態に火夫などにしてしまうことを意味した。」

また井上清「「日本の歴史20 明治維新」中公文庫によれば、アメリカのゴールドラッシュの時代1860年代以降では、労働力が枯渇していたので、中国人の苦力を香港やマカオで集め、ペルーやメキシコに送って、奴隷売買していた。1873年「マリア・ルーズ号事件」。アメリカ西海岸でto shanghaiが使われた所以。また西部劇映画に中国人の苦力が登場する理由でもある。)

 

舞馬 1927.10 ・・・ 子どものできない中年の植木屋(消防隊兼務)。若い女房が男にちょっかいを出すのを見かけた。その数日後、風呂屋で火事があり、女房が粉をかけていた男が番屋の娘と一緒に焼死する。女房の誘惑や問い詰めの会話が見事。戦前の時代劇映画になりそうだな(というか牧逸馬は別名で映画の原作をたくさん書いた)。

 

渡辺啓助 明治・大正・昭和・平成を生きた。
偽眼のマドンナ 1929.06 ・・・ フランス留学中に義眼に魅せられた画家。義眼の行方を追って、フランス、シベリア、銀座をさまよう。フェティシズムとピーピングの混交。独身者の偏愛。ポーの訳者による筆なので、「ペレニス」「モレラ」の木霊が聞こえる。「フランスは戦後のインフレで外国人には住みやすいところ(「パリのアメリカ人」)だった。日本で西洋風の物語を作るには、詩・洋館・フランスつづりの本・鎌倉(大船撮影所の近く)・銀座というトポスが必要。自然主義流行の時代だけど、こういうファンタジーを読む/書くインテリがいたのだね。
決闘記 1937.05 ・・・ 大学生の諸井は小柄で軽量、なのでバンカラ風な学内ではかっこうのイジメられ役。クラスの番長に殴れらたが、数日後、仲良くなる。諸井の株投資のまねごとを始めたから。しばらくして大暴落があり、諸井と番長は無人のアパートに集まる。九鬼紫郎「探偵小説百科」では諸井の冷酷さの描写にひかれていたが、新本格の書き手が好きな大学生のミステリーが戦前にすでにあったことに俺は注目。

 

渡辺温 上の啓助の弟。ショートショート(のことばは当時はなかった)の書き手。
父を失う話 1927.07 ・・・ 10歳違いの父がひげを剃って、子である「私」を捨てる。
可哀想な姉 1927.10 ・・・ 腹違いの耳の聞こえない姉と二人暮らしする「私」。ダーク・ファンタジー
兵隊の死 1930.05 ・・・ 青い空をみていた兵隊に訪れた一つのアイデア

水谷準 作家よりも「新青年」の編集長で、数々の新人作家を発掘した功績で知られている。
空で唄う男の話 1927.03 ・・・ ビルとビルのあいだに綱を張って渡ろうとする男。キートンかロイドの映画にそんなのがあったな。こちらはバッド・エンディング。
お・それ・みお 1927.04 ・・・ 恋人が死んでその遺体を盗んだ男。ラブクラフト「死体蘇生者 ハーバート・ウェスト」の日本版?と思いきや、ファンタジックな方向にずれる。オー・ソレ・ミオはカンツォーネとしてではなくオペラ歌手が歌うSPを聞いたのだろうね。当時の流行曲。
胡桃園の青白き番人 1930春 ・・・ 小学生男子二人と女子一人の楽園。女子の親が解雇され、いなくなってしまった。それから17年後。フランス帰りに女子の成人した姿を見出す。ひとり日本に残った男の告白。

 

城昌幸 戦後に時代小説の書き手として有名になった。「若さま侍捕物手帖」など。
憂愁の人 1947.06 ・・・ 多趣味多芸だが人生や仕事に意義をもてない男、戦災で無一文になっても動じない。ある夜、妻の寝室に忍び込み射殺される。いったいなぜ。戦争に由来するニヒリズム。心象は太宰に似ているかも。
スタイリスト 1948.12 ・・・ 几帳面に生きた男が几帳面な死を迎え、その後までをデザイン。これもニヒリズム
ママゴト 1958.04 ・・・ 商店街が続いているが誰もいない街角。これもニヒリズム

 

地味井平造 牧逸馬の弟
魔 1927.04 ・・・ 夏の月明かりのもと、曲馬団と町の人に魔がさす。人を追いかけ、追いかけられる。

 

 おおむね1920-30年代までの比較的好況期の作品が集まっている。それから見えてくること。
 フランス帰りや留学体験などが現れる。上のサマリーでも指摘したが、第一次大戦後のヨーロッパのインフレは深刻だが、そのぶん日本には幸運で安い金で外遊や留学ができた。西洋を相対化できる体験であったのかも。
 その金回りのよさのせいか、ここに収録されている作品の主人公は仕事や定職を持たないものがおおい。なるほどホームズなどの短編探偵小説はイギリスの生活や仕事の中で起きる怪異や謎を解くものであったが、本邦では高等遊民がファンタジックな体験をすることになる。そうでないと謎を解く合理性や論理性はリアルでなかったのだろう。日本的なシステムが不合理や抑圧を強要しているときに、文学の主題は自由になること、権力や権威から解放されることであった。探偵は職業柄自由であり、抑圧の範囲外にいたのだが、そのような場所は当時の日本にはなくて、構想しようとするとファンタジーになるか無職の資産家にするかしかなかったのだろう。
 当時は自然主義文学とプロレタリア文学が流行りであって、そこではリアリズムが重要であったが、上のような方向で構想される探偵小説ではリアリズムはむしろ回避される(リアリズムであろうとした木々高太郎浜尾四郎甲賀三郎などの作品のぎくしゃくさときたら!)。むしろ謎の論理的な解決に背を向けたこの巻に収録された作品のほうが、ずっと読んで面白い。
 ただ気になるのは、この巻に収録された作品は閉じていて、外(すなわち読者の物理現実)につながる回路が狭いし、多くの場合で悪の弾劾や正義の実現に背をむけていること。城昌幸に典型的なように後ろ向きで自閉的で、引きこもりがちで、仕方ない・しようがないといいがちなんだよね。社会の金回りがよいうちはいいけど、不況になって不満や抑圧が強まると、これらの作品は絵空事の逃避先になってしまう。そこは危うい。


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