odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」(春陽文庫) 3つの物語が同時進行する複雑なプロットも、軽薄なワトソン役のためにユーモア小説になってしまった。

 浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」が2017年11月に河出文庫に収録された。四半世紀ぶりくらいに入手が容易になった。そこでもう一度読み直した。前回の感想( 浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」(春陽文庫)では、サマリーにふれなかったので、あらためて。


 前の「殺人鬼」事件が落ち着いた藤枝と小川。同時に相手に話しかけようとして、口ごもる。小川の話が先になり、最近の事件の話をする。すなわち、質屋の日野勘兵衛が鉄の鎖で縛られたうえで刺殺された。この男は西郷隆盛肖像画を収集していたが、どれもナイフで切り刻んである。シルクハットの跡。ロウソクの蝋涙でのたくった記号が書かれている(のちに「西郷の肖像画の下」であることがわかる)。ふところには若宮貞代の手紙がある。この二人、元夫婦で、養女がいていまは22-3歳であるが、十数年前から行方不明。容疑は番頭の金沢にかかるが、のちの事件とのからみで無実と知れる。いったいこの勘兵衛、アコギな商売もしていたのか、屋敷の周囲には変名で監視している若者がいたり、別の男に脅迫を受けていたりしている。その後、貞代の息子・静雄が殺され、番頭が殺され、貞代まで殺される。となると、勘兵衛の莫大な遺産をめぐるものと思われながらも、それ以上に深い怨恨がありそうに思える。
 同時に別の物語も進行。小川の妙齢のいとこ大木玲子の元気がこのところないうえ、突然行方不明になる。彼女には関山という許嫁もいるが、なんと関山は勘兵衛をゆすってもたのだった。そのうえ、勘兵衛と貞代の養女のゆくえを知っているものと思しい。この関山もすがたを現さず、さらには玲子も鎌倉に監禁されているらしいが、小川が助けにいったときにはすでに引き払っている。どうやら、小川の母が玲子の過去を知っているらしいが、口にすることはない。
 さらに、謎の美女・峰山澄江に小川が一目ぼれ。このモダン・ガールそのものの活発なお嬢さんは、タイピスト(当時女性が就職できる最先端かつ高給取りの職業)の腕を持ちながらも、いせいよく辞職すると小川の周囲にちらちらと現れる。この女は勘兵衛の顧問弁護士である黒川の事務所に勤めだしたはいいが、どうもこの連続殺人事件に関わりもあるらしく、玲子の隠れ家を暗号で教えるなど、小川を翻弄しまくる。小川は澄江に一目ぼれした弱みか、一喝もできず、どうにもだらしない。
 この3つの物語が同時進行。「殺人鬼」が館のみで起こる一本調子なストーリーだったのからすると、複雑になっている。ワトソン役の小川が読者よりも頭が悪くて、衝動的で、観察はできても心理の機敏には疎くと、はためにはコメディの登場人物。藤枝は英国紳士の鷹揚さで、小川の失策をとがめないものだから、小川の行動はむちゃくちゃになっていく。おかげでこの陰惨な連続殺人事件も、ユーモア編になってしまった。
 1933年の書下ろし。新聞や雑誌連載作品の冗長さは減っているとはいえ(その点では「殺人鬼」よりよい)、平坦な描写にはへこたれる。最初の事件で「大小さまざまな西郷隆盛の肖像が全て破られて殺人現場に散乱している謎」「鉄の鎖でがんじがらめにされている謎」は、捜査開始から忘れられて、行方不明の養女探しと二人の美女の関係に深入りする間もなく、「ジキル博士とハイド氏」の日本版に焦点が移り・・・という具合にストーリーの核心がぼけぼけに。それらの謎解きも不発(というか、そこに至ったときには犯人の告白をじっくり読む熱意は失せていた)。
 前回の感想では、家族の解体やプロレタリア文学との関係(というか対立)について考えているけど、今回はいちども感じなかった。よくそこまで読んだなあと、昔の俺に感動。

 

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