odd_hatchの読書ノート

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浜尾四郎「日本探偵小説全集 5」(創元推理文庫)-1短編 弁護士が書くと、探偵小説は犯人の自白になる。自発的な告白は正しいのだという暗黙の前提がある。

  浜尾四郎は1897年生まれ。東大法学部卒業後、東京地検の検事になり、1928年に辞職して、翌年に「彼が殺したか」でデビュー。4つの長編と15の短編(解説による)を残して、1937年に没。40歳という若さ。

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彼が殺したか 1929.01.~02 ・・・  中島河太郎編「君らの魂を悪魔に売りつけよ」(角川文庫)を参照。

悪魔の弟子 1929.04 ・・・ 未決囚が検事に向けて書いた告白。学生の時に身を持ち崩して所帯を持った男が、昔の女に再会して同棲を始める。妻がうっとうしくなったので、常用している睡眠薬で殺そうとした。その結果・・・。なぜこのような犯罪者になったかというと、学生時代に検事を「兄」と慕う。ところが検事は「悪魔」であり、悪を彼に仕込んだのであった。文中ではよくわからないが、他人を侮蔑し、他人の生死を決定する権利を有するという観念をもたせたものらしい。もちろんこれは未決囚の言いがかりや自己正当化であって、正邪を決する際には参照してはならない(どうしてこの国の人は行動を評価するときに動機を気にするのだろう)。

死者の権利 1929.09 ・・・ 土田検事(前の作の登場人物)の語る事件。ある放蕩物がカフェの女給と同棲し、子供をつくった。そこに博士の令嬢との婚約が決まる。女給の娘は懇願するが、男は手を切ろうとする。ホテルで話そうということになったが、荒れて女は頭を打って死亡した。酒を飲んだ上の傷害致死になり、執行猶予の判決が出る(この事件の検事が土田)。その数か月後、男はドライブ中に転落死をした。そのときのドライバーの告白。さらに別の弁護士による別の解決。どんでん返しというか、「藪の中」の再来というか、「事件」はあったのかという迷宮になる。上流階級の、男の身勝手。当時の不況によるカフェ女給への身売り(非合法売春があった)などの背景を見るようにしよう。

夢の殺人 1929.10 ・・・ 最近従業員になった相棒に恋愛相手を取られてしまった。相棒は夢遊病なので、これを利用して殺そうと計画した。心神喪失時の犯罪は罪を問えないという法の抜け道を利用する。作中で主人公たちは夢遊病者のでてくる映画をみるのだが、タイトルはなんだろう。

殺された天一坊 1929.10 ・・・  中島河太郎編「日本ミステリベスト集成1戦前編」(徳間文庫)参照。

彼は誰を殺したか 1930.07 ・・・ 伯爵の若い美貌の妻に二人の若者が横恋慕。ひとりが恋心が亢進して、もう一人を崖から突き落とす。事故で処理されたが、数か月後、その男は伯爵の自動車で轢かれてしまった。それぞれが考えていたことと、見た目との違い。筋には関係ないが、伯爵は「ベートホーヴェンの春のソナタ」を聞き、妻は「マーラーのシンフォニー」を好む。前者は表記に注目。後者は、いったい誰の指揮の、どの曲の演奏を聴いたのか。
(調べると近衛秀麿と新響が第1番巨人を1928年、4番を1929年、第3番第5楽章を1931年に日本初演。「さすらう若人の歌」初演が1927年、「子供の死の歌」「最後の七つの歌」初演が1929年。プリングスハウムが取り上げたのは1932年以降(以上柴田南雄グスタフ・マーラー岩波新書による)。
録音は、オスカー・フリート指揮の第2番「復活」1924年

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と、近衛秀麿と新響の第4番1930年:世界初。

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この時代にマーラーを好むのはハイブロウ。あと、小栗虫太郎「完全犯罪」1933年でもマーラー「子供の死の歌」に言及がある。「子供の死の歌」の録音は、1928年にハインリヒ・レーケンパー(バリトン)ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ベルリン・フィルがあった。ホーレンシュタインがフルトヴェングラーの助手になったばかりのころ。フルトヴェングラーをさしおえてのスタジオ録音。

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途上の犯人 1930.11 ・・・ 電車にのると、臨席の男がなれなれしく話しかけてきた。おれはお前の探偵小説を読んで殺人を犯した、おまえにも責任がある。と。三角関係の逆恨みで自子を虐待死させてしまう。それは発覚しなかったが、罪悪感でアルコール耽溺症になった。同じ駅で降りると、刑事が待っていて、男を任意で事情聴取させた。青ざめる男。その町の警察署長が語った(語り手は元検事で現弁護士で作家)もうひとつの物語。

 

 以下は青空文庫で読んだもの
黄昏の告白 1929.07 ・・・ 病中にある劇作家の告白。最近売れなくなった彼の家に、賊がはいり、妻を殺した。それを見た彼は賊を射殺する。正当防衛が認められ無罪となったが、彼は悩む。妻のこと、子供のこと。それを聞く友人は告白の矛盾を指摘する。

正義 1930.04 ・・・ ある弁護士が担当している事件。若い子爵がホテルで射殺されていて、第一発見者のボーイが犯人とされた。ボーイは供述を変え無罪を主張。それが真実であると信じた弁護士は、友人からその事件を目撃した証人がいるという。しかし証言をすることはできない、なぜなら別の三人が破滅するから、という。見知らぬ人の無罪を証明するために、自分(や係累)が不利になることを選ぶことができるか。そういう正義のあり方の問いかけ。今はこういう証人を守るための仕組みができているように思うのだが、どうかしら。

 

 若年の時から文学好きであったというが、検事や弁護士を務めていたためか、文体は調書や報告書に似ている。ストーリーも事件が決着してから後のことが書かれる。ホームズのように現場を捜査したり、ブラウン神父のように事件の渦中に巻き込まれたりすることがなく、警察の調べが終わり、検察に送られてから、物語が始まるのだ。その点は従来の探偵小説とは趣が異なり、当時はあまり書かれていない法廷ミステリの前駆であるともいえる。
 たいていの語り手は元検事で現弁護士であることがほとんど、自分の境遇を主人公に投影している。ときに冤罪や誤審に出会うこともあったのか、この語り手は自分の捜査や推理に全幅の信頼を持っているわけではない。それなりの確信はあっても、個人の理性や捜査には限界があると認めている節がある。とりわけ、「犯人」の動機は外からの観察ではうかがうことができず、行動や発話などからある程度推測できるとしながらも、最終的には「犯人」の自白が必要だと思っているようだ。
 そのためか、以上の短編(デビュー直後のものがほとんど)では犯人が「告白」するという形式を使っている。自発的に告白することがその内容の正しさを保証しているという暗黙の前提がある。その点では、浜尾四郎の作品は、島崎藤村「破戒」、田山花袋「蒲団」、夏目漱石「心」の延長にあるもの。並べてみると、物語の進め方もこれらの「純文学」によく似ている。これは柄谷行人が「日本近代文学の起源」(講談社文芸文庫)で指摘しているところによると、キリスト教の懺悔を日本に取り入れてできた考えらしい。それが明治30年ころに輸入されて、30年もたたないうちに、作者と読者が共有する暗黙の前提になったといえるのだろう。
 そのうえ、1920年代はこの国では志賀直哉をトップにする私小説の全盛期。書く行為が真実であるというのが、この小説の方法であったので、これもまた浜尾四郎に影響しているのではないかを妄想。以上の短編でも私小説の影響を受けたらしい描写があった。
 珍しい例外は「黄昏の告白」。この短編では瀕死の犯罪被害者の告白に瑕疵をみつけ、疑惑をぶつける。告白の正当性や真実性に疑問を持つ。加えて「死者の権利」。このふたつは小説の方法の新しさがありそう。ただし、ストーリーは古めかしいので、あまり注目されない。
 もうひとつ。法曹家出身であって法の不備や正義の問題をテーマにする。これは100年もたっているので、投げかける問題もその解決の提案も古めかしい。むしろ、事件のほとんどが男女の三角関係であって、振られた男の未練や逆上がテーマになっている。この通俗性というか、下世話なところが小説のなかでは不協和音になっている。ことに正義の問題は、不倫や不貞が発覚した後の処理をめぐるものであるところが。ここも21世紀にはアクチュアリティをもたない。
 浜尾四郎を21世紀に読み直すのはなかなかむずかしい。乱歩と正史の先進性を改めて認識した。

 

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