ペテルブルグにきて8年目、26歳になった「わたし」。友達がいないので、町をうろつくことしかできず、ずっとなにか考え事(空想)をしている。今日もうつうつとしていて、一人ぼっちで世の中から見捨てられている感じ。この自閉的な行動性向は素質によるのか環境によるのか不明であるが、都市の巨大空間と人口が拍車をかけることになったのだろう。なにしろ、この小説にでてくる「わたし」の知り合いは雇いのおばさんだけ。仕事の同僚もでてこないし、居酒屋の知り合いもいない。そういう孤独な生活ができてしまうところが都市の奇怪さ(そういえば乱歩や谷崎潤一郎のひきこもりも、町をうろつく放浪者で、遠くから人を観察することだけを楽しみにしていた)。
ある夜、橋の欄干にもたれる女性を見かける。声をかけようか逡巡しているところに(一度「わたし」の姿をみて逃げ出そうとしたから)、偶然で彼女ナスチェンカと知り合うことができた。舞い上がってしまった「わたし」はとめどないおしゃべりをして、ナスチェンカを笑わせる。明日の晩も会いましょうと約束して、あと三回、彼らは河岸通りのベンチでデートする。
ナスチェンカは再会のときに、身の上話をする。盲目の祖母の介護で部屋をでたことがない。15歳のとき、間借り人に若い男をいれた。男はナスチェンカに同情し、本をプレゼントし、ロッシーニの「セビリアの理髪師」を見に行く。モスクワで一旗揚げるのだと出ていく若者に、ナスチェンカは駆け落ちをしようと部屋にいく。3年たったら迎えに行くからという言葉を信じて、今まで暮らしてきた。昨日がその三年目。でも若者は帰ってこない。「わたし」はナスチェンカの代わりに若者の手紙を書いてあげた。それから二晩、若者の返事はない。泣き伏すナスチェンカに「わたし」は愛を告白する。こんなわたしでもいいの?と顔を上げたナスチェンカにそれがいいのだと「わたし」は答える。それから夜を徹して、ふたりはペテルブルグを歩き回る(おりしも白夜の晩で、あたりは明るいのだ)。明け方、河岸通りのベンチに戻ってきたとき、ある青年が声をかける。ナスチェンカは叫び声を上げて、「わたし」の手を振りきり、青年のもとに走っていく。いきなり戻ると、
「両手をわたしの頸に巻きつけて熱い熱い接吻をした。それからわたしにひと言もものをいわないで、またもや男の方へ飛んでいき、その手をとって、ぐんぐん引っぱっていった」。
「わたし」はナスチェンカがみえなくなるまで見送り、たたずむ。
「そんなわけで、僕の初恋はみごと失敗におわりました(@ミヨちゃん)」。
ドリフターズの歌では、いかりや長介の先輩が「元気を出しなさい」となぐさめ、加藤茶の歌い手も「夢だけはもちつづけたいんですよ」と立ち直る。しかし、当時としては青年というにはとうのたった26歳の「わたし」は意気消沈してしまい、世界が古ぼけ老いてしまったように感じる。元気をだすための気力や体力は、彼自身のみならず、世界そのものから失われてしまった。元気で世間知らずの17歳のお嬢さんの気まぐれが彼を翻弄し、世界の力をすっかり奪って、別の世界にもっていってしまったようだ。
それはこの「わたし」の行動性向によるところが大きく、会ったばかりのナスチェンカに自分の空想をしゃべるのであるが、その内容は昔はよかったなあと、生活力の旺盛な人々がうらやましい(ネットスラングをつかえば「リア充、爆発せよ」あたりか)という内容。一人ぼっちで、友達がなく、ふける空想は過去の追憶にだけだからねえ。ふられたあとの「わたし」の物語は ジョルジュ・ローデンバック「死都ブリュージュ」(岩波文庫)になるのかなあ。そこでも、リアルの生命力のある娘は、追憶にふける男を翻弄するぞ。「わたし」は何度もリアルに追撃されて、社会や世界にでなさいと言われ続けるだろう。
はためは初恋の悲恋なのである。でも、むしろこの孤独で空想癖の男が一人で勝手に盛り上がって、ひとりで勝手にしゅんとなってしまった、徹頭徹尾この男の内側だけでおきたドラマだ。似たような行動性向をもつものには、センチメンタルでロマンティックな話ではなく、痛切な批判の指摘を内蔵している恐ろしい物語(いくつかのシーンは自分にも起きたことであって、ときに心苦しい)。「わたし」はバカなのだけど、バカといえない。
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2020/02/18 フョードル・ドストエフスキー「白夜」(河出書房)-2 1848年